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「あ、そうそう。ちょっと待ってて」
そう言って蒼君は、リビングの横の部屋に行くと、暫くして、財布を手に取り帰って来た。
「とりあえず、5万でいい?」
財布を開いて、万札を5枚手に取り、突きつけるように私に渡して来る。
「なに?このお金?」
私は意味が分からず、そのお金から蒼君に目を向けた。
「愛人なんだから、それなりに小遣いでもやろうと思って。
お前、キャバクラとかで働いてるくらいだから、
男にこうやって貢がせるの、得意だろ?」
別に、そんなの得意じゃないし。
それに、もうあのお店は辞めたし。
だけど、どちらもわざわざ言い返そうと思う気力が湧かない。
言い返す、意味がないから。
「とにかく、受け取っておけよ。
金で割り切れる方が、俺も気が楽だし」
あくまでも、私達の関係は愛とか情とかそんなものはなくて。
性欲と、お金だけで。
今まで、私はそんな関係ばかりだったのに。
何故、相手が好きな男性だと、それがこれ程辛いのだろうか?
「―――ありがとう。
ちょうど、仕事辞めたばかりだから、助かるよ」
そう言って、無理して笑う。
「あの店辞めたんだ?
そう」
辞めたのは、あの店だけじゃなく、昼の仕事もだけど。
そもそも、蒼君は私が昼の仕事もしていた事とか迄は、知らないだろう。
「だから、いつでも暇だから、連絡して」
そう口にしてしまうのは、やはりこの人が好きだからなのか。
よく、分からなくなって来た。
ちょっと、惰性って感覚に似ているかもしれない。
惰性で、今の私は蒼君が好きなのか。
「分かった」
そう言って、蒼君は玄関先迄私を見送ってくれた。
「じゃあ」
靴を履き終わる頃、蒼君は私を引き寄せキスをして来た。
それは、ほんの少し唇と唇が触れるだけの、軽いキス。
「またな、未希」
そう、昔みたいに優しい声で私の名を呼ぶ。
「…うん」
やはり、蒼君は昔のままなのかな?
私はよく分からない思いのまま、この部屋を出た。
今の蒼君は嫌いだけど、昔の蒼君はやはり好きで。
じゃあ、私は今も蒼君を好きなのだろうか?