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目を開けると、一枝さんが私の顔を見ていて。


眠る前は、私の方がこの人を抱きしめていたはずなのに、
今は私が逆にこの人の腕の中に居る。



「おはよう」


そう、笑顔で。


ぐっすりと眠れたのか、一枝さんはすっきりとした顔をしていて、なんだか安心した。


「今、何時ですか?」


スマホはリビングの鞄の中なので、時間が分からない。


壁にかかっている時計も、私からは死角で見えない。



「もうちょっとで、7時」


「7時…」


このままもう起きるか、休みだしもう少し眠るか、迷う時間。


「もうちょっと、こうさせてて」


一枝さんは、私を抱きしめる腕に力を入れた。




なんだかんだ、一時間程そうしていて、
ベッドから出ると、私は元々の衣服に着替えた。



「歯ブラシとか、ありがとうございました」


私は洗面所を借りて、新品の歯ブラシを出して貰い、
歯磨きと洗顔を済ませた。


リビングに戻り、キッチンで朝食の用意をしている一枝さんに目を向けた。



「あの、歯ブラシどうしましょうか?
捨てるかどうか迷って」


その歯ブラシは、水気を切り、私の手にある。


おろして貰った歯ブラシは、使い捨てのものではなく、わりとしっかりとしたもの。


前回、ここに来た時に出されたものは、使い捨てだったのに…。


そして、この歯ブラシの色もピンクとかで、
もしかして、私の為にわざわざ買って来て用意してくれたものかな?なんて思ったり。



「また此処に来てくれるなら、置いておいたら?
来ないなら、捨てていいよ?」


そう言われ、考えてしまう。


私は、またこの部屋に来るのだろうか?


「じゃあ、洗面台にあった歯ブラシ立てに置いておきますね」


そう言うと、笑顔を返されて、
ドキドキとしてしまった。


きっと、私と一枝さんは、この先恋人になる事はないのだけど。



付き合い始めって、こんな感じの初々しさだな、とか、思ってしまった。


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