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私が呆然と立ちすくんでいると。
手から、スマホを取られた。
一枝さんはそのスマホをテーブルに置くと、
そんな私を抱きしめて来た。
こうやって立ったまま一枝さんに正面から抱きしめられるのは、初めてだな。
その胸に、顔を埋めた。
「後悔してる?
朱君と終わらした事」
もう、蒼君と私は会う事ないのか。
ここ最近迄、もう何年も蒼君に会っていなかったから、平気なはずなのに。
なんで、泣きそうになっているのだろう。
「後悔はしてないですけど。
ただ、悲しくて、辛い」
こういう時に思い出すのって、良い時の思い出ばかりで。
それは、全部、昔の蒼君。
もう、昔の蒼君は居ないって分かっているのに。
「少しずつ、その寂しさを俺が埋めてあげるから」
本当に、この人が側に居てくれたら、
蒼君の事を、忘れられるかもしれない。
「一枝さん。
さっさと蒼君の事なんて、忘れてしまうから。
側に居て」
「うん。一緒に居よう」
そう、強く抱きしめてくれた。