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「あ…」
蒼君はそう声を漏らして、こちらを歩いて来る男性に目を向けたかと思うと、
顔を隠すようにうつ向いた。
「蒼君?」
そう訊ねる頃には、その男性は私達の横をそのまま通り過ぎた。
その時、あの人…、と思い出した。
昔、蒼君が働いていた工場に居た人だ!
名前とかは知らないけど、一度、突然連絡が取れなくなった蒼君の事を訊きに、私がその工場に訪れた時に、対応してくれた人だ。
"ーー多分、あいつ、君の他に女居たと思うよ。
時々、夜出掛けてたから。
俺、蒼と部屋隣だから、けっこう出入りしてるの分かるんだよーー"
あの時、あの人がそう教えてくれたけど。
今思うと、それは蒼君は生き別れの双子の兄の、朱に会いに行っていたのだろう。
「―――やっぱり、俺に気付かないもんだな」
蒼君は、私達から離れて行く、その元同僚の男性の背中を見ていた。
昔と違う、今の蒼君。
身に纏う服とかが、高いブランド物なのもそうだけど。
やはり、雰囲気とか昔と全然違うのだろうな。
「俺は、もう蒼じゃないからな」
そう、小さく溢れるような言葉に、私は小さく頷いた。
なんだか、その蒼君の声が悲しくて。
今の蒼君自身が、過去の自分に同情しているのが分かった。
「私、すぐに荷物持って来るから。
蒼君、もう何処にも行かないでよ!」
私は場の空気を変えるように、明るくそう言う。
「うん。もう未希から離れないから」
そう、笑って言ってくれるけど。
その言葉を100%信じられる程、もう私は純粋な子供じゃない。
そう思いながらも、
「絶対だよ」
そうやって純粋なままのフリをするくらいに、狡く大人になったのかもしれない。