trade

「最初は、このまま朱と入れ替わろうとか考えてなかった。
とりあえず、の時間稼ぎだった。
自首する事も考えたし、一人で何処かに逃げる事も。
その過程で、初めに、武田蒼の俺の方を整理した。
勤めていた工場に電話して、辞めて。
蒼として持っていた携帯電話も、解約した」



「うん」


蒼君のあの職場の男性が言っていたな。


"ーー武田蒼だろ?
先週、急にうちを辞めるって電話が有って。
んで、部屋の荷物も、こっちで処分しといて欲しいって一方的に言われてさ。
本当に、色々迷惑してんだよーー"


蒼君の携帯電話の番号も、突然繋がらなくなった。



「朱から、色々と聞いてたから。
上杉の養父母の話。
通ってた大学での話とか。
だから、違和感はあっただろうけど、それなりに俺は朱になりきって周りの人間と接した。
そうしているうちに、段々と俺は本当に上杉朱になっていって。
自分の取り巻く世界が変わって行って、それが今まで見た事ないくらいになんでもある世界で。
もう、武田蒼に戻りたくないと思った…。
朱には、悪いって、思ってるけど」


蒼君は、先程うなされていたように、
今も殺した朱への罪悪感を抱えている。


「蒼君は、悪くない。
だって、朱の方から蒼君を殺そうとしたんでしょ?」


それって、正当防衛になるのでは?


「朱は、きっと怖かったんだろうな。
俺が現れ、自分の罪が周りに知られるんじゃないか?って。
もしかしたら、俺に、脅されるんじゃないかって」


「どういう意味?」


罪とか、蒼君に脅されるとか。

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