シンガポール・スリング
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華人であるレン・リンにとって国籍上中国とはまったく縁がないと言っても、華僑の両親は中国式でレンを育てていた。それは俗にいうシャオホァンディー(小皇帝)などという甘やかし放題の子育てではなく、トップを担うための準備期間という位置づけの厳しい教育だった。そして、レンは両親同様自分に厳しいだけでなく、相手にも同じだけの努力とそれに近い結果を求めるようになっていた。父親が社長の座をレンに譲り、会長職について以降、実質レンがAWCの会社を動かし、成長させ続けていた。

「クアラルンプールからの報告で変更は?」

「モールでの変更以外は完了しており、再来週にも着工する予定だそうです」

秘書の宮本は手元にある資料を社長のレンに手渡す。彼は受け取った資料にさっと目を通し、必要な情報を頭にインプットしていく。目を通し終えるタイミングを見計らい、次の資料を手渡していくと、レンはそれらを流れるようにさばいていく。傍から見ればレンは自動車工場にある産業用ロボットのように確実で、緻密、そして無駄な動きが全くなかった。

「4時のミーティングが終わり次第、羽田に向かっていただきます。離陸の準備を4時までに終わらせるよう伝えてあります」

「助かる・・・すまない、来週の金曜日の予定は?」

「来週金曜は・・・9時からエコノミストのインタビューと撮影、11時半からマーティンとのミーティング…中期経営戦略に関してです。午後は2時から天地集団の新製品発表がありますが…。」

「すまないが、ランチミーティングまでの予定をキャンセルして日程変更を頼む。2時の発表会には岩谷を代行として出席させてくれ。サマリーを再来週頭に。朝一で。」

え?


慣れた手つきでタブレットに必要事項を書き込んでいた秘書は一瞬指を止めた。

「・・・会長に時間を空けておくよう言われている。」

それだけ言うと、レンは次の資料へと目を向けた。
会長であるレンの父親がレンの仕事を中断させることはほぼない。何か緊急事項の場合、あるいは・・・嫁探し。
ちらっと社長に目をやるが、データの数字を目で追っている彼は一寸の隙も見せてこない。

「・・・今回は、ちょっと毛色が違うから、会ってみようと思う」

まるで秘書の目線、または息遣いで気づいたのか、考えていることがわかるとでもいうように、視線すら上げず答えてきた。
秘書はタブレットで各部署への連絡、変更事項をメールしていった。社長がこうやって大幅に予定を変更することはほとんどない。
それから・・・レンは最後の資料にサインをした後、秘書に目を向けた。

「早急に河本未希子について調べてくれ」



・・・・・


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