シンガポール・スリング
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「今日はずいぶんと早いですね」
びっくりした顔の未希子はパタパタと走りながら玄関先でレンを出迎えた。
「キャンセルがあったから、早く帰ってきた」
「夕食、どうしました?」
「まだ食べてない」
じゃあ、急いで用意しますねと言うと、未希子はスリッパの音をたてながらキッチンへと戻っていった。未希子と暮らすようになって2か月が過ぎるが、未希子のいる生活に慣れ親しんでしまって、一人でこの空間に住んでいた昔の自分が信じられない。
「ん?ポトフ?」
「今日少し肌寒かったので、温かいものが食べたいなと思って。お店に行ったらベーコンが安売りしていて・・・」
セールで買ったことを秘密にしておきたかったのか、頬を赤らめながらさっきまで勢いのあった声は徐々に尻すぼみになっていった。
「おいしそうだな」
「お食事されてくると思ったので、ポトフしかないんです。すみません」
「いや、連絡しなかったのがいけないから。あ・・・ワインでも飲むか?」
「いいですね♪ グラス用意しますね」
未希子は嬉しそうにワイングラスを取りに立ち上がった。
どうやってお酒を飲ませるかここ数日考えていたレンにとって、この状況はパーフェクトな流れだった。棚の中にしまってあったワインを見ると、ピノ・ノワールが目に入った。残念ながらOTQはなかったが、ニュージーランド産のフェルトン・ロード/ピノ・ノワール バノックバーンがあったので、それを開けることにした。
未希子はワイングラスをレンの前に二つ並べ、椅子に腰かける。
「ワイン好きなのか?」
「うーん。普段、お酒はあまり飲まないんです。飲むとすれば度数の低いカクテルとか。レンさんはいろいろなワインとか知ってそうなので一緒に飲みたいなって」
恥ずかしそうに笑いながらも、未希子は興味津々でボトルラベルに目を凝らしている。
「ワインを飲むときは、必ず視覚、嗅覚、触覚、味覚をフル回転させないといけない。まずは色」