シンガポール・スリング
レンはワインを注いだあとグラスを斜めに掲げ、未希子に見せる。
「ピノ・ノワールは濃厚なルビー色。それから嗅覚」
ピノ・ノワールなので、グラスを回さず直接アロマを吸い込んでも、有無を言わさず鼻腔を刺激してくる。未希子も同じように吸い込むと、びっくりしたようにレンの顔を見上げた。
「どう?」
「いろいろな香りがします。混ざり合っているというか、どちらかというとそれぞれが別々に主張している感じ」
「いいね。次は触覚。少しだけ口に含んだらすぐに飲むんじゃなくて、口内まんべんなく行き渡るように舌の上で転がしてごらん。さっきは鼻からアロマを感じただろうけど、今度は喉の奥からアロマが鼻腔を刺激するから。その感覚を味わったら飲めばいい」
レンは軽く口に含むと未希子に柔らかく笑った。
オーク樽のスモーキーな感じがしっかりとある。レンの好きな味だ。
未希子も同じように少し口に含むと、目を閉じてゆっくりとワインを口の中に行き渡らせた。
「すごい・・・・」
チョウが羽化するように、伏せていた長い睫毛をゆっくりと持ち上げた。
「気に入った?」
コクコクと頷く未希子。
あまりのかわいさに思わず抱き寄せようとしてしまった。
レンは慌てて体を元の位置に戻し、椅子に背を預ける。
「レンさん?」
「・・・いや、何でもない。ポトフを食べながらワインを味合えばいい」
そう―――。
時間はまだある。慎重にいかなければ。
腰をかがめてゆっくりと近づくハンターは、獲物を前にがむしゃらに襲い掛かったりはしない。確実に仕留められるとわかっても、敢えて一歩引いてみる。
「コンソメとベーコンが野菜にしっかりとしみ込んでいるな」
策士は頭の中で描いている今晩の計画をおくびにも出さない。
酔った未希子がどうなるか、しっかり見届けるのが今回の目的ではあるが、それにプラスして久しぶりに早く帰ってこられたのだから、時間をかけて十分に愛し合いたい。
「今日のレンさん・・・・なんだかとても楽しそうですね」
未希子はにっこり笑うと、ホクホクとしたジャガイモにかぶりついた。