シンガポール・スリング
3

未希子はウォーターフロントの近くを散歩するのはどうかと提案したが、今日の夜でも十分だといい、セントーサ島に行かないかと逆提案された。どうせシンガポールの観光など調べてきていないのでお任せしますと言って、レンについて行くことにした。

「水着は持っているのか?」

「・・・持っているわけないじゃないですか」

どうして?幾つかビーチがあるから・・・でも未希子の水着姿は他の奴に見られるなんて癪だな。ビーチ沿いを歩けばいいかとレンは一人でぶつぶつ言いながら納得していた。

ホテルからのリムジンで二人はセントーサ島に行き、ぶらぶら歩きながら改めて自己紹介をしあった。気づいた時にはレンが未希子の肩を抱きしめるように歩いていて、1時間後には未希子にとってもそれがとても自然に感じられていた。
話してみると、レンは鼻持ちならないなんてことは全くなく、ユーモアがあって未希子を笑わせてばかりいた。また知識が豊富でちょっとした歴史や裏話にも詳しく、行く先々で立ち止まっては未希子に説明していた。

「水着はないけど、足首ぐらいまでなら水につかってもいいだろう?」

ビーチに着くと、レンは自分のカジュアルパンツの裾を折り曲げ始め、水に入る気満々のようだ。未希子も少しドレスを持ち上げて、二人で水際を歩きだした。

レンはとにかく人目を惹く。

スタイル抜群の美女二人に声を掛けられたり、俳優じゃない?なんて声が聞こえてきたりする。その隣には背の低い平均並みの自分。未希子はなんだか彼の隣で歩くのが申し訳ない気がしていたが、レンの手はがっちりと未希子の肩をロックしていて、離す気はないらしい。

今更だけど、本当にモテるのね・・・・。

彼の横顔を見上げながら未希子は妙に感心してしまい、これほど目立つ生活をしているレンが息苦しく感じないのかと考えてしまった。

「ナイナイが言っていた。君の作るコーヒーは格別だって」

「優美さん?彼女はうちの常連客の一人。去年来てくださってから、週一は来てるんじゃないかしら」

「飲んでみたいな・・・・君が作るコーヒー」

レンは日本の自宅で、未希子がコーヒーを淹れてくれるのを想像しながら、自分の家にいる彼女がすごくしっくりくる気がして、今すぐにでも連れて行きたいという欲求に駆られた。なのに、未希子はお店のコーヒー豆はオーナーが少量で買い付けているので、すごく新鮮なんですよ。私が入れるコーヒーというより、オーナーが買い付けてくるコーヒーが美味しいんですとはじけるような笑顔で見当違いな答えを返してきた。それでも、レンはここ数年味わったことのない幸福感に満たされていた。でも二人だけの時間は今日で終わり、未希子は明日帰ってしまうということを思い出し、レンは初めて感じる胸の痛みに思わずぎゅっと未希子の肩に乗せた手に力を込めた。

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