シンガポール・スリング
「・・・?あ、そういえば、レンさんは優美さんのこと“ナイナイ”って呼ばれるんですね」
「・・・あぁ。中国語で“お祖母さん”と言う意味なんだ。両親は仕事でほぼ家にいなかったから、どちらかと言うとナイナイが自分を育ててくれたって感じかな。ナイナイとの思いでばかり残っているんだ」
「レンさんは時々日本に戻られるんですか」
「??・・・・時々というより、日本に家があるから」
「え?」
シンガポールを拠点にしているんじゃないんですか。
・・・そんなわけないだろう。シンガポール在住でホテル暮らしって・・・・。
「か・・・考えてみれば、そうですね」
「今、新規事業に携わっていて、シンガポール政府の援助も受けているから、1ヶ月滞在しているけど、基本は日本をベースにしている」
何事もなければ来週末の会議の後、日本に戻る予定だよ。未希子のおくれ毛を指に巻き付けながら、意味深げにささやいた。
べ、別に気にしていませんけど!
焦って答えている未希子を見ながら、レンは嬉しそうに笑った。
2人は特に何をするということもなく、ゆっくりと景色を見ながら散策し、帰りもセントーサ・ボード・ウォークを歩いて帰ることにした。
「夕食に何か食べたいものとかはある?」
「う~ん。チキンライスはもう食べたので、飲茶みたいに何かちょっとずついろいろ食べたいです。欲張りですか?」
「いや。いいと思うよ。ホテルのクラブラウンジはどう?着く頃にはオードブルとカクテルが始まっているはずだし。」
「クラブラウンジ?それって特別なヤツですよね。会員とかクラブルームに宿泊した人しか入れないとかいうのですよね?」
そうだよ。でもキミはラッキーだ。会員でクラブルームに宿泊している人と一緒に行くんだから。
「でも私は・・・」
「大丈夫、連絡を入れておくから」
そう言うと、レンは携帯を取り出し二言三言話をした後、大丈夫だそうだ。席を取っておいてもらったよと簡潔に答えた。未希子はあれこれ気にするのは諦めて、ありがとうございますと言ってレンの胸元にこつんと頭を寄せた。レンは未希子の行動にびっくりしたが、すぐにほほ笑んでクラブラウンジがそんなに良かった?と尋ねた。
「ちっ、違います!!忙しいはずなのにレンさんに何から何までしてもらって、初めてのシンガポールを満喫できたのはレンさんのおかげだなと思って」
俺のおかげって、ただ歩いただけじゃないか。
そ、そうですけど。自分一人だったら、ホテルの周辺の…マーライオンとかショッピングモールとかを見て回っただけだったと思います。それに・・・。
口には出さなかったが、恋人が今までいなかった未希子にとって、世間一般に言われるデートと言うものをここ、シンガポールで初めて経験したのだ。それも、ハンサムな御曹司と。
それは彼女にとっては夢のような経験だった。