シンガポール・スリング
ホテルに着くと、二人はそのまま32階の「ザ・リッツ・カールトン・クラブ」のオードブルでお腹を満たし、また地上に降りて夜の海風にあたりながら、スペクトラを堪能した。デートのチェックリストがあるなら、今日一日だけでかなりの数を達成できたはずだ。
スペクトラ終了後も、未希子は夢心地のままなのか、ぼんやりとしていた。レンはなんとか一緒にいれる時間を伸ばそうとクラブラウンジでカクテルでもどう?と誘ってみたが、明日早いですからと残念そうに断られた。今までレンが誘って断った女性はもちろん一人もいない。
これで、ハイ、さよならなのか?
今日のことがあっさり終わってしまうのがどうしても嫌で、何とか次につなげたかったが、どうつなげればいいのかわからなかった。
「未希子は今日一日過ごしてみて、どうだった?」
「どうって・・・?さっきも言いましたけど、わがままをいっぱい聞いてもらって、いろいろなところに行けたし、美味しいものをたくさん食べたので言うことは何もありません。本当に楽しかったです!」
「それは、次も会いたいってこと?」
「・・・?」
「ナイナイのお願いと関係なく、会ってもいいと思っているってこと?」
それは・・・・急に思いつめたような顔をして、下を向いた。
「何?」
「レンさんはとてもお忙しいですよね」
「時間は作る」
「それに、レンさんとは住むところが違うと思うんです」
「今はシンガポールだけど、さっきも言ったように家は日本にある」
「そういう意味じゃなくて・・・」
レンさんはトップの会社を率いる御曹司、私はカフェのバリスタ―――。
「それで?」
―――レンさんのご両親の理想とはかけ離れていると思います。
未希子は静かに答えた。でも、それはレンにとって納得のいく理由ではなかった。
理想ってなんだ?どうして両親が出てくる?
ナイナイが認めているというのに。
「ですから!」
急に未希子は明るい声を出して、レンと向き合った。
「この夢のような時間とレンさんとの出会い、本当に感謝しているんです。そして、このまま夢のように終わってほしいんです」
だって、私達の出会いって、本当にドラマのような出会い方だったじゃないですか。単純な私は本当に運命かもなんて思っちゃいました。
未希子は照れ笑いをしながらレンを見上げ、今日見た中で一番きれいで、それでいて儚げな笑顔をまっすぐに向けてありがとうございましたと告げた。