シンガポール・スリング

「だから、私からすれば大成功なの。・・・・まぁ肝心の連絡先とか帰国延期とか全てがうまくいっているってわけではないんだけれども」

「私もレンさんに会って、世界が変わった気がします」

「そう?どんなふうに?」

「今まで付き合った方もいませんでしたし、恋と言っても学生時代の片思いばかりで、告白しようと思ったこともないんです。遠くで見ているだけで満足でした。でもレンさんは、なんというか・・・」

「何?・・・はっきり言っていいのよ。孫だけど、どれだけ捻くれているかわかっているつもりだから」

「いえ、捻くれているということはないんですけど・・・。レンさんは知識が豊富で、いろいろなことを教えてくれて・・・。でもそれだけじゃなくて、私の内側をかき乱すというか・・・目の前にあるたくさんのドアを許可を取ろうともせず、遠慮なくバンバン開けていくというか」

うまく説明できないんですが、と肩を竦める未希子に優美は一瞬キョトンとした表情をしたが、すぐに声を出して笑いだし、レンらしいわね。我が道を突き抜けていく感じが!と納得したように頷いた。

「未希子さんはレンのことどう思った?」

「どうって・・・・」

「正直に言って大丈夫。私はレンに言うつもりはないから」

未希子は自分でもよくわからないんですがと前置きしながらも言葉を続けた。

「レンさんとは・・・本人にも言ったんですが、住む世界も違いますし、御曹司とバリスタなんてご両親が許すはずもないですし、価値観もきっと違います。それでも・・・」

「それでも?」

「・・・・レンさんをもっと知りたいです。そして、会いたい」

小さな声で聞こえるか聞こえないかぐらいに呟くと、優美の微笑みが大きくなった。そうやって会えない時間、相手への思いを募らせていくのが恋の醍醐味ってものよ。実は来週半ばにまたシンガポールに行くことになったの。従姉妹がデザイナーだって言ったでしょ?彼女から連絡があって私がまだシンガポールにいると思ったのね。ファッションショーがあるから来ないかって。最初は断ろうとしたんだけど、レンがまだシンガポールにいるんだったら、ファションショーのついでにレンにもまた会いに行こうかと思って。

「レンと話したいでしょ?携帯番号教えてあげるわ」

いいえ・・・待ってます。

??・・・どうして?

レンさんお忙しいと思いますし、休む時間があるなら体を休めてほしいです。

「フフフ。じゃあ何とかして早く終わらせて、連れて帰ってきてあげるわ」

優美は軽快にウインクをすると、美味しいコーヒーをごちそう様と言って、帰って行った。

「レンさん・・・帰って来れないのかぁ」

口に出してみると、急に寂しさが襲い掛かってくる。

「だめだめ!仕事しないと」

未希子は両頬を軽くたたくと、こみ上げてくる思いを無理やり押し込めて、仕事に集中した。

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