シンガポール・スリング
「いらっしゃいませ」
山瀬の声にハッとして、ドアの方を見るとダンディーな初老が入り口に立っていた。50代ぐらいだろうか。グレーのカーディガンを着て、ハンチング帽をかぶり、薄く色のついたサングラスをかけている。つい最近、来るようになった客で、前回も一人で来て、コーヒーを飲んではすぐに帰って行った。
どこかに行く途中に寄っているのかもしれない。
未希子はいらっしゃいませと笑顔で迎えると、初老は未希子を見て、にっこり笑った。
初老は今日はバリスタさんのコーヒーを作っているのを見ていいですかねと尋ね、山瀬は快く承知しカウンター席へと案内した。
「ブラックをお願いしたいんですが・・・・」
「はい、かしこ参りました。・・・瀬尾君、やってみる?ブラックだからサイフォンで・・・」
「すみません・・・・あなたのコーヒーが飲みたいと思って来たんで、あなたに入れてほしいんですが」
わがままな年寄りで申し訳ない、と初老は申し訳なさそうに瀬尾を見た。
「もちろんかまいませんよ。自分も未希子さんのコーヒーのファンなんです」
「そうですか。彼女は未希子さんとおっしゃるんですね」
「ええ。未希子さんのカプチーノも絶品なのでぜひ今度試してください」
「あなたは・・・」
「瀬尾と言います。まだ見習いなんですが、一日でも早く未希子さんに追いつけたらと思っているんです」
「・・・・追いつくのはいいけど、練習してね」
「未希子さんっっ!!そこはもっと僕を立ててくれる場面じゃないですか!?」
ははは、お二人は仲がいいですな。初老はニコニコしながら二人に目をやった。
「いつか、瀬尾さんのコーヒーも飲みに来ますから、頑張ってくださいね」
「はいっ!!・・・自分も未希子さんのように指名されるように、マジで頑張ります!」
「ホストじゃないんだから・・・」
がぁぁぁ。
だから未希子さん、そこは頑張ってね!!って応援すべき場面じゃないですか!未希子は話しながらもロートのお湯に目を注視させ、気泡が上がった瞬間を見て、火を取り除いた。