シンガポール・スリング
「宮本。明日の仕事、できるだけ今日の内にやってしまいたい。回せるものは全て回してほしいんだが、できそうか?」
「明日ですか。・・・午前中は10時出勤で調整させていただきました。10時半から来週の社内研修に関することで人事部と企画推進部とのミーティングが入っております。12時半から海西銀行の取締役頭取との昼食ミーティング、2時から経営企画担当部長永松との来年度の前期戦略プランのミーティング、3時からはInformation Technology社のインタビューと撮影、4時半から5時までは空いておりますが、5時からはテックソルーションのセバスチャンとのビデオ会議となっております」
「動かせそうなのはあるか」
「時間をいただけますか。社内のミーティングは内容によってはメールで提出させるか、準備ができているようなら、ビデオ会議に切り替えさせます。ただ12時半からの海西銀行、3時からの雑誌の取材変更は無理です。セバスチャンもフランスとの時差を考えると無理かと」
・・・・・わかった。
ちょうど車が止まったため、二人は車から降り立つと、3時までに返事をもらうよう指示しながら、足早にジェット機へと乗り込んだ。
あと少し。
あと半日で、未希子に会える。
レンは腰を下ろし、フライトアテンダントに微笑む。
未希子に会えることへのカウントダウンはもう始まっていた。とにかく明日の仕事を少しでも減らすべくメールのチェックをはじめ、機内でできることを淡々とこなしていった。向かいの席に腰を下ろしていた宮本が10時半からのミーティングは文章でまとめて提出できるそうなのでキャンセルいたしましたと報告すると、レンは思わず微笑まずにはいられなかった。
「さすが宮本だな」
彼の仕事ぶりをいつも評価しているが、要求した分は必ず返してくる宮本はレンの秘書としてなくてはならない存在だった。4時半までに社内研修の流れと要項をまとめてメールするように伝え、12時まで未希子が働くカフェにいることも付け加えた。つまりは明日の午前中は未希子に時間を費やせるということだ。午前中いっぱいあれば、未希子のコーヒーを飲み、あの記事の説明をすることができる。それに、今度こそ連絡先を忘れてはいけない。レンは未希子の写真も何とかして手にいれられたらと考えながら、仕事を進めていった。
まさか未希子がレンを忘れようと努力しているなど、この時は知る由もなかった。