シンガポール・スリング
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フランチャイズのカフェとは違い朝10時とゆっくり始まるため、未希子は9時半にカフェに到着し、掃除を始める。オーナーの山瀬はコーヒーを買い出しに行く時もあれば、お昼過ぎからゆっくり顔を出すこともあったが、今日は朝早くからいるようで、未希子が到着した時にはOPENの札が掲げられていた。
「おはようございます。今日はずいぶんと早いですね」
「昨日買ったエチオピア産のコーヒーを試してみようと思ってさ。早く来ちゃったよ」
「まさか、あの幻のゲイシャコーヒーですか?」
「無理無理。さすがにうちでは無理だよ。ただ、いいエチオピア豆が入ったからね。ちょっとテイストしたいなと思って」
そこに眠そうな声でおはようございますと言いながら、瀬尾が入ってきた。
「瀬尾君、大丈夫?」
「大丈夫です。ただの寝不足です。アサイメントの提出日が近づいてて睡眠不足なだけです。未希子さん、目覚めのための美味しいコーヒーお願いします」
「じゃあ、まずは外の窓ふきお願いね」
未希子はエプロンをしめてから、エチオピア豆をミルで引き始めると、その瞬間フルーティーな香りがあたりに充満した。
「わぁ!何ですか、これ!?山瀬さん、このコーヒーすごいですね」
「でしょ?瀬尾君にあげるの本当は嫌なんだけど、未希子ちゃんにはぜひ飲んでもらいたいと思って」
「うぁ!光栄です。美味しいコーヒーを淹れさせていただきます」
未希子は静かに深呼吸してから、布巾でいつものようにキッチン周りを拭き始めた。この同じルーティーンが彼女を落ち着かせ、体が自然と仕事のためへとシフトしていく。フィルターをセットした後、未希子はカップを三つ取り出し、お湯が沸騰するのを待ち、竹ベラで挽いた豆とお湯を混ぜ、弱火にした。心の中でカウントし抽出が終わると、フラスコに落ち切るのを待つ。
琥珀色のコーヒーがフラスコに溜まったのを見て、未希子はそっとカップに注いだ。
「山瀬さん、どうぞ」
「ありがとう。いやぁなんかすごく特別に感じるよね。この香り」
「期間限定のスペシャルで出しましょうよ。絶対売れると思いますよ」
「うーん。期間限定っていうより、1日5杯とかの限定ならできるかもしれないな。大量に手に入れられないしさ」
「それでも全然いいと思います。なんか淹れる側も気合が入ります。」
未希子は瀬尾にコーヒーを淹れたことを告げようとドアの方に向かった時、お客が入ってきた。
「おはようございます。いらっしゃ・・・」
言葉が言い終わる前に、客の顔を見た未希子はその場で固まってしまった。