シンガポール・スリング
未希子は泣きそうになるのを我慢して、無理やり笑顔を張り付けた。
「レンさんはただ勘違いしているだけです」
「かん・・・ちがい?」
「そうです。ちょっと今までと違うタイプの女性だったから」
「未希子はこの感情を、ただの勘違いだと言うのか」
「・・・・・」
「キミに会えないことで頭の中がおかしくなりそうになっていることや、今この瞬間、どこかに連れ去って二人だけになりたいと思っているこの感情がただの勘違いだと?」
「・・・・・」
「・・・ふざけるな」
レンは今までにない静かな声で未希子に言い募った。
「未希子が俺と同じような感情を持っていないのも理解できるし、インターネットのゴシップ記事に腹を立ていることも、バックグラウンドが違うことで気後れしているのも、連絡がなくて不安に思ったことも全部理解できる。でも・・・」
レンは今までにない氷のような視線を向けて、はっきりと告げた。
「俺の感情を知っているかのような口ぶりで話すのは止めてくれ」
「・・・・・」
「とにかく説明するために、今日ここに来たんだ」
「説明の必要はありません」
「聞いてもくれないのか」
「レンさんの時間の無駄だと言っているんです」
「あの時、一瞬でも感じたことは本当に無駄だと思っているのか」
「・・・・・・」
レンは無言の未希子をしばらくじっと見つめていたが、財布から千円札を出すと音を立ててカウンターに叩きつけ、何も言わずに立ち上がった。
出口まで歩き、ドアノブを掴んでほんの少しだけ立ち止まったが、振り向くことなくレンは出て行った。