シンガポール・スリング
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あれから1週間経ち、わかったことは自分で放った言葉が自分にも大きなダメージを与えているということだった。未希子は食欲を失い、夜も寝れない日々が続いた。
レンの軽蔑するような視線。
思い出すだけで耳をふさぎたくなるような冷たい声色。
それでも未希子は心のどこかでレンの傍にいたいという矛盾した思いがあった。
レンと一緒にいれない。
でも会いたい。
自分の中にある両極端な考えが彼女を混乱させた。みるみる痩せていく未希子を見て、山瀬はカフェで必ず何か食べていくように言い、今まで面白おかしく未希子に絡んできた瀬尾もおとなしくなった。
玄関にあるレンの忘れ物。
山瀬に届けるべきだと言われ、面と向かって渡す必要はないんだからと説得され持って帰ってきたものの、そのまま玄関に立てかけてある。確かに会社の受付に忘れ物ですと届ければいいだけだが、それですら今の未希子にとっては苦しみを増すものでしかなかった。
重たい体を起こし、仕事の準備をする。
鏡に映る姿は見て、未希子は泣き出したくなった。
自分でもわかるぐらい頬がこけ、病人のようだ。それでも仕事に行かなくてはならない。未希子は携帯でAWCの場所を確認し、家を出発した。
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都内の中心地にある28階建てのAWCの周辺は一ミリのずれもなく四角いストーンタイルが敷き詰められていて、そこを歩く人々のほとんどが吸い込まれるようにAWCへと入って行く。未希子は両手に握りしめられたこの傘を返すだけだったが、ビジネスの世界に属さない自分がここにいるだけでとても場違いに感じた。のろのろとAWCのエントランスに向かって歩いて行くと、正面から二人の男性が歩いてきた。
その一人を目にしたとたん、心臓が胸を押し上げるようにどくんと大きく鳴った。
スピードを落とさず未希子の方角に歩いてくる男性は、この1週間未希子を翻弄させていたレンだった。ダークグレーのスーツを身にまとったレンは人目を惹くと共に、誰にも近寄らせないような冷たいオーラを放っていた。未希子は立ち止まって呆然と彼を見ながら、ぎゅっと手の中の傘を命綱のように握りしめた。
10メートルほどの距離の所で一瞬未希子と目があったが、すっと反らすと前方に目をやった。
え・・・・
そして二人は、未希子の隣を、まるでそこには誰もいないかのように完全に無視して通り過ぎて行った。
未希子は一瞬、何が起きたのかわからなかった。
気づかなかったのだろうか。
そんなはずはない。
確かに一瞬だが目はあった。
―――つまり、レンにとって今の未希子はそういう存在だということだ。