シンガポール・スリング
もう一度目をつぶって心を落ち着かせてから、レンは心が決まったように祖母に告げた。
「今から向かいます」
もぅ・・・本当に、決断が遅すぎるのよ。そんなんじゃ、会社の行く末が心配だわ。優美はやっと本来のレンが戻ってきたと携帯越しに感じたのか、軽く愚痴をこぼした。
「すみません。ビジネスに関してはもう少し決断力はあるほうです」
「そうしてもらわないと、あなたのお父さんもなかなかゆっくりできなくてよ。私はここにいるから、気を付けていらっしゃい。部屋は705よ」
祖母との通話を終えると、里奈が困惑の表情でレンを見上げた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。申し訳ありません。急用ができましたので自分はこれで失礼します」
「そんな。今日の夕食会、とても楽しみにしていたのに・・・・」
里奈は何とか次に繋げたいと別の機会に会うことを提案したが、レンは残念そうに笑いながら、すみません。これからとても忙しくなると思うので時間を作ることが難しいと思いますと丁重に断った。レンは宗像にも途中退席することを謝罪し、母親の頬にキスをすると、すみませんと謝った。母親はレンの腕に手をそっと乗せると、連絡しなさいとだけ言って、息子の頬にそっと触れた。
レンは父親のウェイ・リンを見ると申し訳ありませんでしたと頭を下げた。
ウェイ・リンは一瞥すると、まだまだだなと呟き、宗像に銘柄のワインを勧めた。
レンは宗像と里奈にもう一度一礼すると足早にその場を去った。