シンガポール・スリング
「・・・・驚いたな」
上村は腕を組んで壁に寄りかかりながらレンが全てを終えるまで何も言わず黙って見ていたが、レンの行動に心底驚いているようだった。
「何が?」
「病院に残るって言ったのがさ」
「検査結果は“ほとんど”問題がないなんて匂わせておいてよく言うよ」
レンはいまいましげに上村を睨んだ。あ、気づいた?とおかしそうに笑いながら上村は両手をポケットに入れた。
「まぁその話もあるから、ちょっと歩こうぜ」
そういうと、ナースステーションに何かあったら連絡ちょうだいと一言断って、レンの前を歩きだした。上村はエレベーターを使って最上階まで行くと、棟の端にある屋上へのドアを開けた。医者の息抜きの場所なんだよね、と言いながら近くのベンチに座った。
レンは何も言わずに上村の隣に座ると、足を組んで前方に浮かぶ街並みに目をやった。遠くの方でオレンジ色の光がチラチラと瞬き、夜風が昼間の暖かさと交じり合って、心地よく通り過ぎていく。
「救急車から降りてきたのがマダム・リンでびっくりしたよ。未希子ちゃんに何度も声を掛けながらさ・・・」
「おい・・・」
「なんだよ?」
「ちゃんづけで呼ぶな」
「は?」
「・・・患者なんだから」
ハハハ。そんなことで焼きもち妬くなよ。
焼きもちじゃないっっ!
焼きもちじゃなかったら、なんなんだよ。上村はお腹を抱えながら暗闇の中で大笑いした後、だけど・・・と、突然急に抑えた声で続けた。
「もしお前の大切な人だったら、なんであんなにボロボロになるまでほっといた?」
何も言い返すことができないレンはただ唇を噛み締めるだけだった。しばらくして上村を見ると、医師の眼ではなく友人として軽蔑する眼で見返してきていた。レンはしばらくその視線と向き合っていたが、耐えきれなくなり目を反らした。