シンガポール・スリング
優美は未希子の顔を覗き込んだ。
眉毛を少し下げ、困ったような顔をしながらも優美をなんとか助けたいという未希子の思いがひしひしと伝わってくる。優美の周りの人間はいつも相手の顔色を伺いながら愛想笑いをして、隙あらばと思っている人間ばかり。それでも優美には英二がいた。
だが、孫にはまだ誰もいない。
息子にはいくつものお見合い話が浮上しているが、一向に話を進める気がないようだと聞いている。優美は忙しすぎる息子夫婦に代わって、孫の世話をしていた時期があり、孫のことを誰よりもよく知っている。あの子は結婚に興味がないのではなく、ハッと思えるような、この人と共に生涯生きていきたいと思える女性にまだ会っていないからだと感じているのだ。
未希子はしばらく黙っていたが、遂にため息をついて優美と目を合わせた。
「・・・会って話すだけでいいんですね」
「話すだけよ」
「一度だけなんですね」
「私からお願いするのはこれっきりよ」
「優美さんも同席してくださるんですよね」
「もちろん!」
なら・・・・恐る恐る手を伸ばし、封筒を受け取った。
「あぁ!!ありがとう、未希子さんっっ!」
そう言いながら、席を立って未希子の傍に行くと、ぎゅっと抱きしめた。
詳しいことは全て書いて封筒に入れてあるし。あら、やだわ。もう休憩時間も終わるんじゃないかしら。トーストサンドイッチ、もう冷めちゃっているんじゃない?もう、本当にごめんなさいね。食べて、食べて。早くお仕事に戻ってちょうだい!
優美は有無を言わせない強引さで未希子にあれこれと指示し、にっこり笑って未希子の頬を優しくなでた。
「本当にありがとう。詳しいことはまた連絡するわ」
そう言うと、そのままカフェを後にした。優美の言う通り、休憩時間は残り少なく、とりあえず封筒をポケットに押し込むと、急いで冷めたトーストサンドイッチを頬張り、仕事に戻った。
まさか、その封筒にシンガポール行きのE-チケットが入っているとは露ほども知らずに。