シンガポール・スリング
「今日は未希子ちゃんの病室に泊まるんだろう?」
「ああ。ナイナイが特別床だと言っていたからソファーベッドがあるんだろ?」
ああ。でも何だったらもう一つ患者用のベッドを運んで来て隣付けしてやってもいいぞと言われ、一瞬真剣に考えたレンだったが、冗談に決まってるだろうと上村が少し引き気味に言った。
そんなに好きならなんでこんなことになるかなとぼやきながらも、寒くなってきたから中入るぞと声を掛けた。
レンは立ち上がって上村と呼んだあと、頭を下げた。
未希子のこと、よろしく頼む―――。
上村はレンの行動に大きく目を見張り、そんだけ好きなのになんでかなとつぶやいた。医者でないレンにとって、上村が今は頼みの綱だった。そして、自分の力では何もできないことに歯がゆさを感じていた。
上村は第一病院が診てるんだからすぐによくなるに決まってんだろと軽くレンの腿を蹴飛ばし、中に行くぞと歩き出した。
「取り合えず明日もう一度様子見に来るから」
「・・・来なくていい」
ったく、お願いされたり、来なくていいって言われたり何なんだとため息交じりに言いながらも、まぁ一応医者としてやることやんないとねと笑ってから、お前も早く休めよと言って、エレベーターの方へ向かっていった。
レンは705という数字を数秒見つめた後、そっとドアを開けた。
廊下の光だけが室内に入ってきて、辺りは薄暗い。
それでもベッドに横たわる未希子を見ることができた。腕には点滴がされていて、鼻にもチューブがされているのを見て、レンは思わず目を閉じた。
そっとベッドに近づくと暗闇に慣れてきた眼が、未希子の輪郭をくっきりと映し出した。
痩せたな。それに隈がひどい・・・。
小さくつぶやきながら、そっと手の甲を未希子の頬に滑らせる。瞬間、体中にぞくぞくと電気が走ったような感覚が広がった。
そっと手を彼女の頭に乗せ、髪の上を滑らせるとシンガポールで未希子に触れた時のことを思い出した。全神経が手のひらに移動したかのように、髪の毛一本一本の感触を感じ取っていた。
今、未希子に触れている自分が信じられなかった。
上村に言われた患者用ベッド、追加で入れてもらえばよかったなと思いながら、レンは未希子の髪をそっと撫で続けた。