シンガポール・スリング
急に静寂が部屋を包み、未希子はもぞもぞと体を動かしてレンと距離を取ろうとしたものの、レンは腕の力を緩める気はないようだった。未希子を見下ろすと、おでこにキスをしておはようと改めて言った。
「・・・お、おはようございます。あのお医者様と仲がいいんですね」
「ああ・・・気にしなくていい」
気にしなくていいって・・・昨日お世話になった先生なんですよね?お礼、言い忘れてしまいました。
「仕事なんだからほっとけ」
「そんなこと、できないです」
未希子はふくれっ面だったが、レンは未希子との久しぶりの会話が楽しくて仕方なかった。
「あいつのことなんて、どうでもいいだろう?」
「大樹先生・・・でしたっけ?」
「・・・なんで名前呼びなんだ。上村でいい」
「でもお父様も上村先生ですよね?」
「・・・医院長と上村先生でいいだろ?それと、あいつと話すときは絶対に一人にならないように」
「何ですか、それ。まるで危険人物みたいじゃないですか」
「あいつは本当に危険人物なんだ」
特に女性には・・・あいつ、甘いから。レンの目元が小さく歪んだ。
性格上、上村のように甘い言葉をかけることなどできないレンにとって、もしかしたらナイナイが言っていたように未希子が上村を好きになってしまうかもしれないという焦りがあった。
「・・・私は大丈夫ですから、レンさんはお仕事に行ってください」
「・・・・・」
未希子が何度も仕事に行くように言い、その言葉に結構傷ついている自分に気づきながら、未希子の頭に顎をのせてここから仕事をするって決めたからと静かに告げた。
未希子が心配そうな眼で見上げてくるので、自分の心配が先だろうと静かに横たわらせた。
「まずは回復することだけに専念して。仕事中はかまってあげられないから」
「か、かまってほしいなんて言ってませんっ!」
ハハハ、わかったよ。だから静かに寝てて。
そう言っておでこにキスをするとちょっと電話してくるからと部屋を後にした。