シンガポール・スリング

「・・・・いや。そのまま進めてくれ。まだユーザーの年齢別、時間帯別のデータが届いていないから、明後日までにフォルダーにアップしておいてくれ」

口早に指示を出し、レンは会議を終わらせた。ちらっと時間を確認して立ち上がると、未希子の方へと歩いてきた。

「ゼリー、食べます?」

未希子は上村が持ってきた紙袋を掴んで、近くのケーキ屋さんで買ったそうですとレンに見せた。
レンはそのお店が行列のできるお店として有名だと聞いたことがあり、“たまたま”通って買ったなどという上村の言葉を信じていなかった。確実に、未希子のために買ってきたとしか思えない。
レンはなんだか面白くなく感じながら、未希子の隣に来て、紙袋の中をのぞいた。

「・・・ブルーベリーがいい」

ブルーベリーですね。
確かにちょっと変わっていておいしそうと言いながら、未希子はスプーンとゼリーを取り出した。レンはベッドに腰かけ、未希子と対面になるように座って、ゼリーの蓋を開けると、最初の一口を未希子の口元に持って行った。

「??レンさんが食べてください」

「食べたそうにしてるから」

未希子は目をぱっと見開いて下を向くと、首元から顔が真っ赤になった。その様子を見た途端レンは笑い出し、思わず未希子の額にキスをした。

「悪かった」

イジワルする気は全くなかったんだ。だから一口だけ味見してごらん。

食べられそうならもっと食べればいいし、お腹いっぱいなら自分が食べてもいいし。レンは手に持ったスプーンを未希子の唇に近づけたので、ピンクに染まった顔のままパクっとスプーンを唇に含んだ。もぐもぐと口を動かしながら、口角を嬉しそうにあげた未希子を見た時、つい「かわいいな」と口から出そうになった。

おい。そんな言葉、恥ずかしくて未希子の前で言えるわけがない。
上村じゃないんだから。

気持ちを落ち着けてから、もう一口食べるか?と聞くと、未希子はレンさんに食べてほしいです。本当においしいからと勧めてきた。
レンは無言のまま口を開けると、未希子はポカーンとその様子を見てまた頬を赤らめたが、レンの手からスプーンを取って一口すくってあげた。

以前の自分だったらこんなことは頼まれてもやらなかったが、今は逆にやってみたくなる自分がいる。

「どう・・・ですか?」

「ブルーベリーの味がする」

未希子は口をあけて笑い、当たり前です、ブルーベリー味なんですからと言いながら、少し少なめにすくって今度は自身の口に含んだ。目を閉じて美味しいと感動している姿が、シンガポールでの昼食会の時の姿と重なって、レンは心が温かくなっていくのを感じた。

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