シンガポール・スリング
「未希子っ!!」
未希子はAWCの前にあるタクシー乗り場にあった一台のタクシーに飛び込むと、急いで「出してくださいっっ!!」と運転手に告げ、手で顔を覆った。
車が動き出した時に窓ガラスをバンッとたたく音がしたが、未希子は顔を伏せたまま早く出してくださいっ!と切羽詰まった声でお願いし耳をふさいだ。
未希子は自分の呼吸を整えながらそっと顔を上げると、バックミラー越しに運転手とばっちり目があってしまい、すみませんと謝った。
「どちらまで行かれます?とりあえず流していますが」
運転手に言われ、行先も言わずに飛び乗ってしまった自分に気づいた。急いで家の近くの病院名を言い、心臓を締め上げてくるような痛みに耐えた。カバンの中で携帯が何度も鳴り、テキスト通知音がひっきりなしに聞こえてきたが一切無視した。
病院前で降ろしてもらったあと、しばらくゲートの傍で立ち尽くしていた。
身体が勝手に震える。
なんだったの・・・。
頭の中で今見た光景を繰り返す度、キーンとこめかみの上に痛みが走った。両手で頭を抱え込み、呼吸に集中する。
ーーー未希子ちゃん?
振り返ると大樹先生がびっくりしたような顔をして立ち止まっていた。
「大樹先生・・・」
「どうしたの?真っ青だよ」
道端にもかかわらず上村は未希子の脈を測り、熱があるかを確認した後、きちんと診察を受けたほうがいいと病院に戻ろうとした。
「だ、大丈夫です。病院に来たわけではないんです」
「でも顔色、入院中より悪いよ。何かあったんだよね。レンに・・・」
「だめです!!」
「?!」
「・・・・レンさんには連絡しないでください」
「もしかして、レンに関係してる?」
小さく頷く未希子を見て、上村はため息をついた。
ちょっと待っててねと言うと、携帯でどこかにメッセージを送った後、車で来てるからドライブでもどう?と誘ってきた。