シンガポール・スリング

心配そうな目を向ける上村に気づいて、私なら大丈夫です。約束があったんですよねと聞くと、キャンセルしたから俺も今は暇、とウィンクしてきた。

「・・・・」

「ん?・・・どうしたの?」

「ウィンクしてくる人、初めて見ました」

えぇ~。そこ?

なんかもっとこう、大樹さんの優しさに胸がきゅんとなりましたとかじゃないの?と大笑いしながらも、助手席のドアを開けてどうぞと未希子に微笑んだ。
上村は未希子がバッグのハンドルを爪が食い込むほどきつく握りしめているのをちらっと見たが、何も言わずにハンドルを握った。

時々未希子の携帯から通知音が聞こえてきたが、聞こえるたびにビクッと体を震わせ確認しようとせず、じっと足元を見ながら何かを考えているようだった。
30分ほど車を走らせたあと上村は車を止めると、未希子の方を向いてどうしたのか話してくれる?と優しい声で尋ねた。

「勘違いだったんです」

「え?」

「もしかしたら、レンさん私のこと・・・入院中にとても優しかったし、なんだか自分のことを思ってくれてるんじゃないかって錯覚してしまったんです」

「どう見ても思い込みじゃないと思うよ」

未希子の笑顔が脆く崩れて、唇を震わせた。

「・・・手料理が食べたいって言ってたんです。そういうリップサービスとか私にはわからなくて。作ってあげたら喜ぶかなってバカみたいに思ってしまって」

「今日、作ってあげたの?」

未希子は小さく頷いた。
でもそのお弁当はあの場に投げ捨ててしまったけど。
あの時の状況が頭に浮かび上がったとたん、何も言えなくなってしまったが、上村は根気強く未希子が話すのをただ待っていた。

「仕事をしているって言っていたので、お弁当を作って会社に持って行ったんです。でも今日が週末だったと気づいて。電話をしようとして・・・」

「電話したの?」

「・・・どこかで見かけた女性が会社の脇を歩いて行くのを見たんです。とてもきれいな人で、理由もなくついて行って・・・そしたら、誰かと待ち合わせをしていたらしく、その人に抱き着いて・・・」

「・・・なるほどね」

「その女性は以前レンさんと一緒に雑誌に写っていた方だったんです。インターネットでは結婚間近だって。男性の方は見えなかったんですが、女性の顔は見えて・・・」

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