シンガポール・スリング
10
・・・・・・
レンは呼吸も忘れて、上村の腕の中にいる未希子に目をやった。
体中の血が騒ぎ立て、奥底から所有欲と嫉妬心が沸き上がった。
何やってるんだ、アイツ。
友達と思っていた上村が、目の前で信じられないことをしている。
裏切られたという思いと許さないという憎しみのような感情が一気に膨れ上がる。
しかし、上村の言葉を聞いたとたん、胸を踏みつぶされるような痛みが走った。
言い訳や上村の行動に怒り狂っていたレンだったが、未希子の身体がなぜ蝕まれてしまったのか、なぜもう会いたくないと言っていたのか、彼女の苦痛を真剣に考えようとはしていなかった。
病院で休んで薬を飲めば治ると安直に考えていた自分を殴り倒してやりたかった。
こんな自分だから、未希子はもう無理だと言ったのだろうか。
大樹の腕の中にいる未希子が大樹を見上げているのを見て、思わず一歩前に踏み込んだ。
大樹は柔らかい笑顔で未希子を見下ろしているのを見て、吐き気がしそうになった。
無理だ。未希子だけはどうしても手放せない。
―――もっと大切なことあるだろ?未希子ちゃんに言うことがさ。
レンは一瞬考えた後、ハッと上村を見返し今気づいた事実に呆然とした。
まさか自分の気持ちに気づいていない・・・?
あんなに抱きしめたり、キスしていたんだから気づくだろう?
・・・いや、気づいてても確信が持てていないのか?
レンは上村を見据えたまま、呆然とした。
ビジネスでの手腕がどうこう言われているが、肝心なことが何もできていないじゃないか。
ナイナイが言っていた言葉を思い出す。
会社の行く末が心配・・・か。
自分の思い込みで未希子はもう自分のものだと勘違いしていた。
何の言葉も約束もしていないのに。
ただ、彼女を苦しめているだけなのに。