シンガポール・スリング
その写真は入院中、ベッドで寝ている未希子のこめかみにキスをしているレンが写っていた。レンの勝ち誇った眼がこちらを見ている。
寝ている写真も嫌なのに、青白い顔をした自分がこっそり撮られたことが恥ずかしくて、なんて写真撮っているんですか!?と睨み返すと、素直にごめんと謝られた。
「とにかくこの写真を送ったら、シュンリンが大騒ぎして日本に来るって。仕事で忙しいって言ったのに、朝電話があって飛んできたんだから下に降りて来いって」
「・・・・・」
「会社に押しかけられて、忙しいのに外に呼びつけられて・・・」
「で、会ったところを私が偶然見かけてしまったということですね」
「とりあえず、婚約もした身なんだから、もう少し状況を考えろと話していた矢先だったのは事実。でも、さすがに今回は反省したようだ」
そう言って、携帯画面をスクロールすると、シュンリンがレンに何度も私のことを尋ねていて、もし必要だったら自分が謝りに行くと書かれていた。
未希子はそれを見て強張っていた体を徐々に緩めていったが、上村の言ったようにきちんと話し合う必要があると感じていた。
「未希子の体が冷えてきている。とりあえず移動しよう」
そう言うと、有無を言わさず車の中に押し込み、レンは自分のマンションへと連れて行った。そこはシンガポールにいたころから未希子との未来を何度も描いていた、日本にあるレンの家だった。
16階建てのマンションの一番上がレンの家となっていて、以前は自分だけがその空間にいることに満足していたが、未希子に出会ってからはこの場所を共有することをずっと想像していた。何も言わずにマンションに連れて来てしまったが、未希子の顔を見る限り嫌そうでは・・・ないと思う。
未希子は“わぁ!!”とか“えぇ!?”など二文字ぐらいの言葉を度々発しながら、あちこちに目をやっていたが、リビングからの都心部の風景を見た瞬間、未希子はあの小鹿のような眼を目一杯見開いて、しばらく佇んだ後、キラキラした眼をレンに向けた。
シンガポールのホテルでのことを思い出して、レンはフッと笑うと未希子を後ろから抱きしめた。
「やっと・・・やっとだ。」
未希子は首をひねってレンを見上げている。
そんな表情でさえ、愛しくて抱きしめるだけでは全然足りない。
「シンガポールで会った時から、未希子がこの部屋にいることをよく想像していた」
未希子はびっくりした様子で振り返る。
「未希子が朝キッチンでコーヒーを淹れている姿とか、ソファーで寛いでいる姿とか何度も想像していた」
「・・・・」
「好きだって言う意思表示は十分していると思ってたんだ。心の中で好きだと何度も呟いていたから、口に出して伝えていないなんて考えもつかなかった。だから大樹に言われたとき、びっくりして自分の馬鹿さ加減に頭が来たんだ」
「レンさんに嫌われているとは思っていませんでしたけど、好きだと思ってもらえているなんて想像もできませんでした」
「いっぱい抱きしめたし、何度もキスしただろ?」
「でも・・・・唇にしてくれたのは、シンガポールでの一回だけでした」