シンガポール・スリング
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デジタルアートミュージアムにずっと行ってみたいと思っていた。
でもさすがに一人で行くには少し抵抗がある。
屋内に入ってしまえばほとんど見えないから気にならないかもしれないけど。
ウェブサイトから見る限り、恋人同士とか友達、親子で行ったらきっと楽しいんだと思う。
でもまさかレンと一緒に行けると思っていなかった未希子は、ワクワクしながらドアから見えるお台場の景色を目で追っていた。
向かい側でドアにもたれているレンは電車の中でかなり浮いた存在だった。
それはそうだろう。
この容姿で電車に乗っていたら、拝みたくもなる。
乗客がちらちらとレンを見てはコソコソと話している。本人はまったく興味がないのか、未希子の手の甲を親指でそっと撫でては、未希子の顔を観察している。
「ぁ、あんまりじっと見ないでください!」
未希子は小声でレンに注意する。
どうして?レンは訝し気に未希子を見た。何がいけないんだ?と本当に不思議そうに尋ねてくる。
「周りの人が・・・」
「周りなんて気にする必要はない」
「気にします!公共の場なんですから」
ここでキスしたりはしない。日本だしな。でも日本じゃなかったら絶対にしているだろうな。まぁ場所をちゃんとわきまえているつもりだから安心して。
レンは距離を置こうとする未希子の手を少し引き寄せ、この距離は保ってもらわないとねと言ってウィンクした。
「あ・・・ここにもいた・・・」
「何が?」
「普通にウィンクする人がです」
「・・・誰がウィンクしてきたんだ?」
「大樹先生です」
あいつ・・・レンは一気に不機嫌になり、眉間にしわを寄せた。
「あいつのことなんか忘れろ」
「忘れてました。ウィンクされるまで」
「・・・・」
「レンさん?怒ってますか?」
「・・・・」
「レンさん?」
見上げる未希子の表情を見て、レンは大きくため息をつくと、怒ってないと言い、未希子の肩を引き寄せた。瞬間、近くに座っていた乗客が息を呑み、遠くにいる高校生たちはキャッキャッと騒ぎ始めた。