シンガポール・スリング

はにかみながら微笑む未希子に満足し、レンはゆっくりと立ち上がった。

「こんなところでプロポーズされるなんて思いも寄りませんでした」

「知り合いが関係者だから、ちょっとお願いして二人だけにしてもらった」

「あ!?そういえば・・・」

「周りに誰もいないだろ?でもそろそろ時間だな。ほら、外でみんな待っているようだから」

レンが指さす方向に目をやると、ガラス張りの向こうに大勢の来客者が並んでこちらの様子を見ていた。

「!?い、今の・・・みんな見ていたんですか!!!」

「承認になってもらえたようだな。もう撤回はできないぞ」

それに・・・この光だから未希子の真っ赤な顔は見られていないから大丈夫と耳元でささやかれた。
未希子は大笑いするレンを引っ張り、急いで出口からでると、並んでいた見ず知らずの人たちからは拍手喝采。
おめでとう、すごくロマンチックだった!携帯で取っちゃった!!などと言われ未希子はあたふたしたが、レンは上機嫌で笑みを浮かべ、お礼を述べていた。未希子はすみません、と何度も頭を下げながら、レンをぐいぐい引っ張りその場から足早に立ち去った。

「ははっ。未希子が大慌てだな。大丈夫。薄暗いからよく見えていなかったはずだ」

「もうっっ!!」

「未希子の思い描くようなプロポーズでなかったかもしれない。でも自分でもバカみたいに浮かれているんだ。だから、今日だけは許してほしい」

「・・・・」

未希子は薄暗い空間の中で困ったように言うレンの表情を見て、口を噤んだ。
今までおろそかにしていた分、レンは今自分ができる全てを持って未希子に愛を伝えようとしている。そして、それを拒むことなど未希子にはできるはずがなかった。

「こんなプロポーズ、忘れられるわけないじゃないですか」

「気に入った?」

「夢みたいでした」

夢なんかじゃない―――。

レンは未希子をもう一度掬い上げるように抱き寄せると、未希子の唇にキスを落とした。

「夢なんかで終わらせる気はない」

未希子の眼を覗き込んで、ハッとする。


この眼だ。


小鹿のように澄んだこの瞳がレンを翻弄させる。
正直何がこれほどまで惹かれるのかわからない。でも心を鷲掴みにされたレンにとってそんなことはどうでもよかった。

この腕の中に、未希子がいる。

その事実だけで十分だった。
レンはゆっくりと口元をほころばせて、もう一度未希子にキスをした。


ー End ー


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