シンガポール・スリング
「未希子ちゃん、アイツひどいと思わない?」
カウンターの椅子の背に顎を乗せ、待てをさせられた犬のようにしょんぼりした男がここに一名いる。
未希子とレンの仲を取り持った上村だったが、あれ以来レンは上村を避けているらしく、一緒に飲みにも行ってくれないらしい。
最近レンが忙しいのは事実だが、時間がないわけではない。
未希子はコーヒーカップを洗いながら、どうしてでしょうね・・・と呟いた。
「二人のキューピットになってあげたのにさぁ。貸しゴーのはずなのにさぁ」
こうやって時間がある時にカフェに来てはブーブーと文句を言って帰っていく。
未希子は何とかしてあげたいと思っていたが、レンが上村を避けている理由が全く分からなかった。
「電話してみました?」
「したよ。でも完全無視。メッセージもスルーされてる」
「・・・・どうしてでしょう」
「まだ許してくれないんだと思う」
「??」
「ほら、未希子ちゃんにキスして抱きしめたじゃない?」
さらっと恐ろしいことを口にした上村を見て、未希子は真っ赤になりながら誤解を生むのでそういういい方しないで下さい!!と声を荒げた。
サブで入っていた瀬尾は信じられないといった顔で未希子を見つめ、少し離れたところでペーパーナプキンを折っていたオーナーの山瀬は「へぇー、未希子ちゃんって魔性の女だったんだね」とびっくりしたようにつぶやいた。
「ち、違いますっっ!大樹先生が・・・」
「嘘ついてないじゃん。未希子ちゃんって小っちゃくてめちゃくちゃ抱き心地良いんですよ」
変なコメントを付けて二人に話すものだから、余計におかしな方向へと話が進んで行く。
「大樹先生って案外チャレンジャーなんですね」
瀬尾が興味津々といった感じで上村に絡んでいく。
「だって、未希子ちゃんって庇護欲が掻き立てられるっていうかさぁ~。童顔だからかな。何でもやってあげたくなっちゃうんだよねぇ。だから二人のことを思って、心を鬼にして抱きしめたらさぁ~。ふわって」
そう言いながら、上村は頬杖をついて未希子の方を見る。
いいなぁ・・・瀬尾がぽつりとつぶやいた。
「なに?瀬尾君って未希子ちゃんのこと好きなの?」
知ってか知らずか、上村は何の遠慮もなくズケズケと言葉にする。
それも本人を目の前にして。
瀬尾は焦ったように首を振って未希子を見ながら、そういうんじゃないですからねと念を押した。
慌てて火消しをしようとする瀬尾に対して、小さな火の粉をかき集めて大火を生み出そうとする上村は煽る、煽る。
「えー。いいじゃん、いいじゃん。レンにはかなわないだろうけど、瀬尾君若いんだしさ」
「・・・なんですか、その若さだけが取り柄みたいな」
「いや、瀬尾君本気でレンに挑戦する気?それこそチャレンジャーだと思うな。俺だったら絶対できない」
いやいや、なんか話が変な方向に進んでますよね!?
オレ、チャレンジするなんて一言もいってませんけど!!
何とか軌道修正しようとする瀬尾だったが、アクセルをめいいっぱいに踏み込んでいる上村を止められる者はここにいない。
「だって未希子ちゃんのことかわいいと思ってるでしょ?いいじゃん。好きならさ。俺、そう言うの嫌いじゃないな。未希子ちゃん結婚していないんだし、今だったらまだ間に合うよ」
「間に合うとか、なんなんですかそれ!」
「え?なんで?」
「だって・・・・じゃあ、聞きますけど、大樹先生ならチャレンジします?」
瀬尾の一言で、一瞬沈黙が広がった。
上村は真っ赤になりながらムキになって鍋を磨いている未希子に手を伸ばそうと、立ち上がってカウンタ越しに身を乗り出した時、カフェのドアが開いた。