シンガポール・スリング
発端は上村の何気ない一言だった。
久しぶりに上村とザ・リッツカールトン・東京の53階にあるクラブ エクスペリエンス ライブラリーラウンジにいた。
ジュルズ・テイラーのOn the Quiet ピノ・ノワールを入荷したと聞いたからだ。彼女のワインを知るきっかけとなったのはニュージーランドでの仕事を終え、ランチ テイスティングに飛び入り参加させてもらったことだった。実はジュルズ・テイラーのワインはスーパーでも買うことができ、手が届かないという値段でもない。ただ、彼女のワインに向ける情熱と本家ブルゴーニュ地方に限りなく近い土壌で栽培されたブドウにレンは惚れたのだった。彼女のワインは出荷数が少なく、特にこのOTQのピノ・ノワールは限定品のため手に入りづらい。クラブラウンジ・マネージャーと彼女のワインの話になったのだが、覚えてくれていたようでわざわざ取り寄せたらしい。
「このワイン、濃厚なのに喉をすっと通ってく」
「さすがだな。日本に出荷されているのはソービニヨンブランが多いけど、やっぱり赤だな」
上村はステムを掲げ、ワインのアロマを楽しんでいたが、突然ワインの話から未希子の話へと飛んでいた。
「未希子ちゃんはワインって感じじゃないよね」
「??」
「なんか勝手な想像だけど、未希子ちゃんってお酒に弱そう。少し口にしただけでコテッて寝ちゃいそうじゃね?」
「・・・・・」
「あー。でもカクテルとかだったら飲めそう。生ビールとか絶対合わないって言うかさぁ」
「・・・・・」
「でも、ちょっと飲ませてみたい気もするよね。顔とか真っ赤になっちゃいそう」
勝手に未希子の想像をするな!と威嚇しようとしたが、レン自身、ウイスキーは似合わないだろうなという考えが頭をよぎった。
「ねぇ。未希子ちゃんってお酒に強いの?」
「知らない」
「えーなんで?そういうの知っておいた方がよくないか?だって、カフェのみんなで飲み会とかあったらさ。未希子ちゃんも行くわけでしょ?」
「たぶん」
「だったら、知っておいたほうがいいぞ?俺だったら彼女が誰かと飲みに行くとか言ったら、一言注意とかしたくなるけどな」
「・・・・」
・・・確かに、したくはなる。