不器用主人の心は娘のもの
 執事姿の自分と買われた娘の、二人きりの部屋。

 彼は何とか気を落ち着かせて彼女に話し掛ける。

「…逃げ出そうとしなかったそうだな」

 突然言われ彼女は│狼狽《うろた》えながらも、

「…は、はい…」

と、下を向いたまま返事をした。

 そう、娘は夜のときも暴れることも無く、コリーンやバラドからは逃げ出そうとしたという報告もない。

 昨晩泣き叫んだせいかまだ目は赤く、声も嗄れているようではある。泣き叫ぶくらいだったのだから、よほど嫌だったに違いないというのに。

「なぜだ?」

 彼はすぐに尋ねる。

「な、なぜ、って…」

 彼女は口ごもった。

「嫌がっていただろう」

 さらに問いただすと、観念したのか彼女は恐る恐る打ち明けた。

「…逃げられないと…思って…。それに、私を買っていただいたおかげで、両親が助かったなら…」

 娘の表情はしだいに泣きそうな表情に変わっていく。

 …娘がそう思っているのなら…

「…どんなに泣き叫ぼうとも、お前を逃がすわけにはいかない」

 自分の中の娘への好奇心がそう言わせた。

 買ったのは『主人』である自分。
 泣く姿と力無く落ち込むような姿しか見せない彼女の、様々な面を見てみたい。
 もっと知りたい…
 自分だけではそれは叶わないかもしれないが、屋敷に閉じ込めてしまえば…

 一瞬の、彼の中の激しい欲望だった。

 しかし、

「…主人の、命令だ…」

 威厳を持って発したはずのその言葉は、泣きそうな彼女の前で力無く消えかけていた。


 その日、彼は頭にちらつく娘のことを振り払うかのように用務に没頭した。
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