不器用主人の心は娘のもの

与えたはずのない『罰』

 夜。
 彼はなるべく自制心を保とうと決心し、主人の姿で彼女の部屋へやってきた。


「…ご、御主人様…私…」

 彼女は何とか小さく震えながら切り出す。

「私…御主人様に、罰を受けていたのに…」

 突然言われた言葉に彼は驚く。

「…罰、だと…?」

 何のことだろうと彼は思った。

「許して下さい…泣いてばかりいて、声を出せという命令に背いたあの罰に、耐えなきゃいけなかったのに…」

 娘の言葉を聞き、彼はすぐに思い当たった。
 まさか彼女が、自分が強く抱きしめ過ぎてしまったあの一件すらも『主人からの罰』だと思っていたとは。

「…お前は…」

 黙り込む彼女。
 何も言えなくなる自分。

 もう誤解でも良い、今は彼女を抱きしめていたいという欲が彼を支配した。

「…ならば、もっと…罰を…」

 彼はそう言うと彼女を抱きしめる。
 手を縛られ、主人に怯え、自分を抱きしめ返してくれることなどあるはずもない娘を。

 彼の心は虚しくなるばかりだった。
 怯えた彼女が『主人』に従うのは、両親のためであり逃げられないと思っているため。

 胸に感じる苦しみに荒くなりそうな息を必死に殺しながら震える娘を抱きしめ、ようやく彼は彼女から手をそっと離した。
 空になった腕の温もりが次第に冷めていく。

「もう眠れ」

 彼は何とか威厳を保ったままそう言い、部屋を出た。


 あの娘がほしい。
 今までしぶしぶ相手にしていた娘たちのような、自分の腕の中でうっとりと幸せそうに笑ったあの娘の顔が見たい。
 そのために毎晩彼女のもとに行くのだ。

 しかしこれは『執事長』には許されないこと。彼女は『主人』が買ったのだから。

 なるべく、主人の姿でも優しくしなければ。
 彼女がこれ以上、悲しみに泣くことがないよう…
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