不器用主人の心は娘のもの

彼女へ贈るもの

翌朝、彼はバラドに告げる。

「バラド、私はまた出掛けてくる。留守を頼みたい」

バラドはいつもの無表情で彼に答えた。

「願い出るということは、仕事の要件ではない、ということか。それに最近は帰りが遅いようだ。…娘にのめり込むのも程々に、御主人」

 バラドは主人である彼の行動を察したらしく、今日はそう忠告までしてきた。

「…すまない。娘を…従わせるためなんだ…」

 彼のすまなそうな表情に、バラドは小さくため息をつく。
 このようなことは今までなかった主人だからこそバラドは言うのだろう。

「…早々に娘を追い出すべきだった。少し様子を見るだけのはずだったのではないか」

「…もう少し、様子を見たいだけだ…」

 主人の消え入りそうな答えに、バラドはもう何も言わず頭を下げて部屋を立ち去る。

 彼にとって、今日は待ちに待った日だった。
 どんなにバラドに小言をされようと、今日だけは何としても出掛けなければ。
 そのために用務も食事も早々に済ませたのだから。


 彼は主人の姿で馬車に乗り、街へやってきた。

「いらっしゃいませ…っ…!!っ、これはこれは…」

 彼は屋敷に古くからいるメイドとともに一軒の仕立て屋にやってくると、気の弱そうな店主が出迎える。

「例のものは出来たか?」

 主人の問い掛けに店主は、少々怯えながら彼を店の奥へ案内した。


「あらあら可愛らしいこと」

 連れてきたメイドが声を上げ、そちらに寄って行った。

 台にはタオル生地で出来た大きな犬のぬいぐるみ。
 娘が両手で抱えるほどの大きさだった。

 残るは最後の仕上げといったところで、同じ台には、大小も形も色も様々なボタンが所狭しと置かれていた。

 店主の妻と従業員数名皆が、彼を見て頭を下げる。

「…ご注文のお品でございます…いかがでございましょう…?」

 店主が主人の顔を伺いながらそう尋ねる。

「…悪くない」

 彼が早る気持ちを抑えそう答えると、メイドは穏やかに主人に言った。

「御主人様、お目々はどれにしましょうねぇ?私が付き添いということは、これを決めるおつもりだったからなのでしょう?」

「そうだ。お前が決めろ」

 なおも彼は澄ましてそう命じる。

「はいはい」

 メイドは困ったように笑い、そう返事をすると、ボタンを一つ一つ吟味しはじめた。
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