不器用主人の心は娘のもの
 彼は店主に勧められた椅子に座ると足を組み、目を閉じる。

 これを見て彼女はどう思うだろう。
 喜んでくれるだろうか?主人の姿では渡しづらいうえ受け取ってはもらえないかもしれない、ならば執事の姿なら…

 彼はそんなことを考えながら、今か今かとメイドがボタンを選ぶのを待った。

「御主人様、こちらのボタンかこちらのボタンのどちらかにしようかと。御主人様のお決め下さったものならば、『あの子』もきっと…。ねえ?」

 メイドは歳を重ねた証を増やした昔から変わらない笑顔を彼に向け、心境を組んだように穏やかにそう言った。

「…。」

 彼は昔から馴染みであるメイドに言われるがままにスッと立ち上がり、メイドの示すほうへ。

 そう。
 自分が娘のためにどのようなものをと注文をし、生地を選んだのだ。
 ならば仕上げであるぬいぐるみの目も自分が…

 彼はしばらくそれらを見つめ黙ったまま考えていたが、やがて一組のボタンの前に立つ。

 娘のあの瞳のように曇りもない、丸く飾りのない黒のボタン。

「…これを」

「はい、かしこまりました」

 店員たちはぬいぐるみの目になるボタンを慎重に縫い付け、大きな箱にそっと詰めた。

「大変おまたせいたしました。こちらをどうぞ、御主人」

 背が低いメイドは箱の重さもあり持ち上げることができず、彼は自身で箱をそっと持ち上げる。

「…すまない、助かった」

店員たちを前に、彼の口から思わず礼の言葉。

 店の者たちは冷酷と言われた主人の言葉に一瞬驚いたようだったが、ホッとしたように笑みを浮かべ、

「恐れ入ります。またどうぞ」

すぐに頭を下げ、そう言ったのだった。


 道すがら、メイドは彼に言う。

「御主人様、あの子が喜ぶとよろしいですわねえ」

 穏やかに笑うメイドに、彼は澄まして返す。

「従わせるためだ」

「ふふ、そうでございました」

 昔から彼を知るメイドはそう笑い、彼を穏やかに見つめた。
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