不器用主人の心は娘のもの
「御主人」

 部屋に戻るとバラドは彼に声を掛ける。

「貴方は何という間違いを…」

 そう言われた彼は、バラドは娘にぬいぐるみをやったこと自体にそう言ったのだと思った。

「君に黙っていて悪かった…しかしどうしても…」

 彼は弁解しようとするが、バラドは首を横に振る。

「分かっていないのか。娘を従わせるにしろ懐かせるにしろ、貴方はその姿で…」

 その時、

コンコン

と、ノックの音。

「御主人様、いらっしゃいますでしょうか?」

 扉の外で庭師の爺やが呼ぶ。
 執事姿の彼はそちらに向かって答えた。

「すまない、今は私しかいないのだ。私が対応しよう、しばし待っていてくれ」

 目の前のバラドはまたため息を付く。

「…俺は忠告をした。このあとどうなったとしても、あとは娘への忠告だけだ。この屋敷の『主人』らしくあるよう、御主人」

 バラドは部屋を出ていった。

 残された彼は少しの間、自分のしてきたことを振り返る。

 売りに出されそうだった娘を執事の姿で買ってきた。
 初めてだった娘を主人として奪い、子犬のような扱いをした。
 主人の姿で強く抱きしめ、苦しめた。
 執事の姿で口付けた。
 そして、娘への一方通行の償いとしてぬいぐるみを贈った…

 自分の何の気が違ったか衝動的に買い上げてしまい、ほんの少しの間屋敷に置くだけだったはずの娘。
 それをずっとそばに置いておきたいと願った自分。

 彼は、彼女に対してそう思った自分の心を未だに何と呼ぶものなのかがわからない。

(私はこれからも二つの姿を持って生きるしかないのだろう。自ら着けた『主人』の仮面から、逃れることはもう出来ないのだから…。せめてあのぬいぐるみが自分からの償いになり、あの娘がこれからも笑っていてくれれば…)

 今、彼はそれだけを考えていた。


 彼はしばらくしてようやく自室の扉を開き、『執事長』として庭師のもとへ向かった。
< 27 / 58 >

この作品をシェア

pagetop