不器用主人の心は娘のもの
 ぬいぐるみは彼女にとって『執事長』が贈ったもの。

 彼女はこれを贈った『執事長』のために、『主人』である自分に身を捧げている。
 そう考えただけで胸が張り裂けそうになった。

 ぬいぐるみを寝そべらせた娘の頬に押し付け、仮面の奥で怒りに顔を歪ませる。

「ど、どうか…御主人様…!!」

 泣き出したことにも構わず、彼女の身体のタオルを乱暴にはだける。

「ち、違…っ…ご、ごしゅじ…さまぁ…っ…!!」

 娘は必死にぬいぐるみから顔を背け、抵抗もせず彼のなされるがままだった。

「み、見ないでっ…!!見ないでリュカぁ…!!」

 …今なんと言った?
 聞き覚えの無い、屋敷の誰でもない名前。

「…リュカ…?」

 彼は動きを止め、彼女と、その濡れた視線の先にあるぬいぐるみを見る。

「リュカ…見、ない、で…お願…」

 泣きながらぬいぐるみにそう請う彼女。

 そのぬいぐるみは、彼女にとって贈った際に自分が言った通り『仲間』、もしくは『友』だったのかもしれない。

 どちらの姿だったにしろ、彼女は贈られたぬいぐるみに名までつけ『彼』の言ったことを守り大切にしていた。

 しかしあろうことか自分は、『執事長』という自分自身に嫉妬をしてしまったのだ。

「…お前は…『大切にする』…と…。そうか…」

 次第に怒りの熱は冷め、落ち着きを取り戻す。
 彼女は夜の自身の姿を、大切にしていた『リュカ』に見られたくはなかった。だからあんなに泣いていたのだろう。

(それなのに私は…)

 そっと彼女から身体を離す。

「…悪かった…」

 彼はこれ以上もう何も言えず部屋を出ていった。
< 31 / 58 >

この作品をシェア

pagetop