不器用主人の心は娘のもの
「…娘、さあ食事を…」

 そう言うと、いつものように彼女を膝に乗せ、食事の様子を見ていた。

 いつまでもこうしていたい。
 しかし、自分が作り上げてしまった『主人』が頭をよぎる。

 もう引き返せない自分の影。

 しかし自分も、自身の作り上げた主人のように冷酷なのかもしれない。娘を前にすると我を忘れてしまう時がある。
 そして何よりも、今でも彼女には本当のことを何も言えずにいる。

 こんなにも、自分が不器用だったとは…


 彼はその日、いつも半日で終える仕事もあまり手に付かなかった。
 コリーンやバラドには、今宵は娘のもとには行かないと告げ、自室に籠もって過ごした。

(この執事の姿のまま彼女を夜に迎え入れることが出来たなら、どんなに良いことか…)

 しかし自分は『冷酷』といわれ彼女にも嫌われた、この屋敷の主人。
 今さら打ち明けたところで、自分の全てを拒絶されるのが怖かった。

 彼はようやく気付く。

 これは明らかに噂に聞く、自分にとって初めての『恋』だった。

 初めて恋した娘に自分を偽り続けている、この罪悪感こそが自分への罰なのだろうと彼は思った。

 しかし、

「…いまさら主人の姿で、夜伽に『愛している』など言えるものか…もう、遅すぎた…」

一人の部屋で呟いた自分のこの言葉は、彼の心に事実として一際大きく刺さった。

 少なめにした食事すらも喉を通らず、彼は一人、眠れぬ夜を過ごした。
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