不器用主人の心は娘のもの
 屋敷に着いた彼はしばらく馬車に娘を入れたままにするよう御者に命じると、自分は先に留守を守っていたバラドの姿を探す。

「…バラド、話がある…」

 帰ってきた彼の様子を見てバラドは何事かがあったのだとすぐに分かったようで、一つ頷くと二人で書斎へ向かった。


「…すまない…売りに出されそうになっていた貧民の娘を買い上げてしまった…。私はどうかしていたんだ…。夜の相手でもさせて少々様子を見る。皆には私から告げておくから、バラドは娘を連れてきてくれ」

 彼の言葉に、さすがのバラドも一瞬目を見開いた。

「…御主人、以前は言い寄られた娘たちを自身で相手し、何とか追い出したばかり。なぜ主人の姿でなくては冷酷になれないのか。まして頭の良いはずの貴方が」

 普段無口で感情を表さないバラドの口調にも、驚きと呆れが含まれているらしい。

 そう、以前に地位を目当てにした娘たちが屋敷の主人に近付き取り入ろうと、『執事長』の姿の彼が利用されそうになったことがあった。
 しつこい者ばかりでなかなか諦めようとしなかったため彼は主人の姿で相手をし、なんとか一人残らず追い出したのだ。

 しかし今回ばかりはさすがのバラドも、この主人の口から『娘を買おうと思った』など、聞いたこともない。

「許せ…本当にどうかしていた…。これで最後だ。『テイル』でもこれからは外部の者には注意する…だから頼む…!」

 バラドは、おそらく主人は初めて見た売り買いをされる娘に同情したのだろう、そう思ったのかもしれない。

 本来、彼の時々不器用で少々人が良い面があることを知っているバラドは、もう何も言わず彼に頭を下げ部屋を出ていった。
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