不器用主人の心は娘のもの

彼女に告げるとき

 彼が自室に帰るとバラドが待っていた。

「御主人、俺は今から休憩を頂く」

 バラドは彼を見てすぐそう告げる。

「…バラド…?」

「今宵は長くなるだろう。…貴方の考えなどすぐに分かる」

 彼の疑問にバラドはすぐにそう答えた。

 バラドは彼がこれから何をしようとしているのか分かったうえで、夜に備えてもう休むと言っているのだ。

「コリーンには伝えた。状況が変わったら俺に声を」

 バラドはそれだけ言うと、彼の部屋を出ていった。

「…バラド…ありがとう…」

 彼はもう去ったバラドの背に礼を告げた。


 エイミの支度が終わる頃、彼は主人の姿で彼女の部屋にやってきた。
 日も沈み、部屋の灯りが主で点っている。

 彼はベッドの端に掛けていたエイミを無言で強く抱きしめ、持っていた目隠しで視界を遮った。

「御主人様…!?」

 うろたえるエイミの身体を抱き上げ、両手を縛る縄を上のベッド柵に括り付けるとそのまま身体を抱きしめる。

 万が一のため、手はこうするしかなかった。
 泣き虫で傷付きやすい彼女を、決して身体だけは傷付けさせないよう。
 しかし視界を遮ったのは、彼女によく分かってもらうためでもあった。

 彼女が屋敷を出ていくのならもう苦しまずに済むよう、いっそのこと自分が完全に嫌われてしまえば…

(いま一度、『主人』らしく振る舞うのだ。私は冷酷な主人なのだから…)

「…娘…」

 冷酷な主人らしく、娘に口を利く。

「私が憎いだろう…?『テイル』ならば良いか?『テイル』は酷い男だ…ずっとお前を前に、お前の全てを奪いたくて仕方がなかったのだから…」

 皮肉を込めた主人の台詞にエイミは何も見えず動けず、震え上がったまま首を振る。

「っ、そんな…!!テイル様は、そんなこと…」

 自分が思わなかったはずはない。
 『執事長』の姿で彼女がほしいと、何度思ったことか。自分“らしさ”を残すその姿のまま、彼女の心の全てを…

「…私が、そんなことを思わなかったと…?」

 仮面の奥で、『執事長』らしくエイミに答える。

「…テイル…さ、ま…?」

「…まだ、分からないのか…?」

 明らかに混乱をしているエイミに、彼は目隠しを外し彼女を必死に見据えた。
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