不器用主人の心は娘のもの
「っ、エイミ…!?」

「エイミ…!!」

 主人からまるで引き剥がすようにして、父親は急いで娘を自分の腕に抱き直し、母親は眠る娘を泣きながら心配そうに見つめている。

 彼は下を向き心の中だけで娘の両親に詫び、そして主人らしく言い放った。

「この子犬は役立たずだった。私がどんなに身体を奪おうと泣くばかり。だいぶ痛めつけてやったが、もう飽きた。子を身籠らせてやらなかっただけ良いだろう。子犬は返してやる」

 両親は娘を抱き、立ち尽くしたまま涙を流す。彼はそれ以上何も言うことが出来ず、居たたまれずに馬車に戻った。

「…これで…良い…。全て自分のせいだ…冷酷な主人が、小娘を家に突き返しただけ…。私の愛しい…エイミ…」

「…御主人様…」

 馬車を操っていた御者は、もう何も言えずに悲しみに暮れる主人を見つめた。



 エイミを送り帰ってきた彼は、そのままエイミのいた部屋に一人でやってきた。

 ガランとした部屋に、全て片付けられたベッド。そしてそこにポツリとエイミのぬいぐるみだけが置かれていた。

 コリーンは相変わらず自室に引きこもり、仕事が出来ないほど衰弱しているとバラドから聞く。

 あのいつも気丈なコリーンを弱らせたのは自分。
 コリーンにとって、エイミの世話をすることは彼女の生きがいになっていたのかもしれない。

 そんなコリーンの生きがいを奪ったのは自分、そしてエイミの心を傷付け続けたのも自分だった。

 彼は渡すことが出来なかったエイミのぬいぐるみをそっと手に取る。

 自分を早く忘れてもらうためには一緒に持っていくわけにはいかなかった。
 しかし今となっては彼女に優しく出来なかった分、このぬいぐるみを大切にし、ずっと自分のそばに置いておける。

 たとえ自分にとって彼女の代わりになど、なるはずはなくても…

「…エイミ…許せ…愛している…」

 もう誰もいない空っぽな部屋。
 彼はたった一人、彼女を失った悲しみにぬいぐるみを抱きしめ涙した。
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