不器用主人の心は娘のもの
 自室に戻った彼の目の前には、あの部屋に戻し忘れたエイミの犬のぬいぐるみがあった。

「…『リュカ』…お前の“友”が戻った…。わざとあの両親に酷く言ってやったのに、なぜだろうな…なぜ、彼女は戻ってきてくれたのだろうな…?」

 そう、エイミの大切にしていた『リュカ』に思わず話し掛ける。

 ぬいぐるみである『リュカ』から返事が無いのは分かりきっている。その答えを持っているのは、今なおあの部屋で眠る彼女自身なのだから。

 しかし気を紛らわさずにはいられなかった。

 彼はため息をつき自分のベッドに倒れ込む。

 最近はほとんど眠れていないうえ、食事も摂れていない。しかしまだ同じく食事を摂れていないエイミを想い、彼は茶や水だけを摂り無理やり眠りについた。


 明け方、バラドから『娘が目覚めたようだ』と報告があった。

「すまないバラド…ずっとあの部屋に付いていてくれたのか…」

 バラドは眠気があるだろうことにも関わらず、それを表さないいつも通りの口調で答えた。

「貴方の命だからだ。娘は粥を食べ始め落ち着いているが、まだ思うようには動けない様子。貴方はいい加減に食事を、御主人」

 バラドは主人に最近摂れていない食事を促し、部屋を出ていった。


 彼は仮面の無い主人の姿に支度をし、部屋に食事を持ってきたメイド長に頭を下げた。

「…昨晩もすまなかった…ありがとう…」

 メイド長は聞くとニコリと微笑み、

「『執事長』ではない、仮面の無い御主人様を見たのはだいぶ久しぶりのことですわ。ばあやは嬉しく思います。しっかりと召し上がってくださいましね」

 穏やかにそれだけを言って出ていった。


 彼は食事を摂ると、溜まっていた仕事に追われて一日が過ぎていった。
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