婚約解消しないと出られない部屋
3−9 あまのじゃく令嬢とへそまがり令息の雪解け
空気が凍るとは、まさにこのことだろうか。
「…………頰」
「ええ。頰にキスくらいなら確かに、婚約者同士なら誰だってやっていますわ」
「誰だって」
「はい。でも、その、唇にキスは、どうなのでしょう……」
恥ずかしくて俯く私を、ジルフリート様は誤魔化すように抱きしめる。
「ジルフリート様……」
「オ、オレリアいいか。頰にキスでは扉が開かなかったかもしれない。大は小を兼ねるのだ」
「……はい」
「俺も色々と考えたのだ。頰にキスしてだめだったら唇にだなんて、そんな何回もキスをするのはオレリアも困るだろう?」
「困りません」
「え?」
「困りません」
大事なことなので、二回言ってみた。
ジルフリート様は、今まで見た事がないような、あどけない顔で驚いている。
今日は本当に、ジルフリート記念館の入荷物が多い日だ。
「……ジルフリート様は、何回もキスするのは、お嫌でしたか?」
「何回でもしたい!」
「何回でも」
「いや、違う! いやいや、違わないが違うんだ! 俺は……」
初めて見るへそ曲がりな彼の様子に、私はなんだか愛おしさを感じる。
自然と体が動いて、そっとその唇を奪った。
「……!? オ、オレリア」
でも、素直に『愛しくてキスしちゃいました』なんて、言うことはできない。
だって、私はやっぱりあまのじゃくなのだ。
「今のは、私がしたくてしたんじゃありません。ジルフリート様が間違えて唇にキスをしたので、返してもらったんです」
「ど、どういう理屈だ!?」
「だから、ちゃんとやり直してください」
ちょっと声が震えてしまう。うまくいくだろうか。
頑張って下から見上げている私を、彼は首から上を真っ赤にして、口をぱくぱくさせながら見ている。
……目を逸らすことなく、こちらを凝視している。
「きっとほら、扉の鍵は、頬へのキスで開いたんです」
「……オレリア」
「だから、ちゃんとやり直してください。ジルフリート様が間違ったんですから」
頰にされると思って待っていたのだから、それもちゃんとしてくれないと困る。
……ここまで頑張っておねだりしてるんだから、是非とも応えてほしい……。
それなのに、ジルフリート様は私の提案には乗ってくれなかった。
「俺は間違えてない」
「……ジルフリート様の、へそ曲がり」
ふと、笑いが込み上げてきて、私はジルフリート様相手にそんなことを言ってしまう。そんな私を見て、ジルフリート様はふわりと私に微笑んでくれた。今も私の目を見て、笑ってくれている。
「俺は最初から全て分かっていて、あえて唇を奪ったんだ。計画どおりだ」
「頰でもいいって、思いつきもしなかったのでは?」
「違う。分かっていてなお、俺がしたかったからした。つまり俺はそういう確信犯で悪い奴だから、奪ったものは加算をつけて返さないといけないんだ」
「……え?」
そういうと、ジルフリート様は、ゆっくりと私の唇に自分の唇を重ねた。
「……ジルフリート様!」
「さっきのでは返し足りなかった。何せ俺は悪い奴だからな。反省の証に10倍返しだ」
「屁理屈ですわ! そんなにされたら、その……困ってしまいます!」
照れながら必死に彼の腕から逃げ出そうとする私を、しっかりと抱きしめながら、ジルフリート様は満面の笑みで私を見つめる。
「ようやく分かってきた。俺の女神は確かに、あまのじゃくなんだな。さっきまで可愛くおねだりしていたのに、照れると思ったことと逆のことばかり言うようになる」
「私も分かってきましたわ。私の婚約者は、とってもへそ曲がりな方です。私と仲良くしたいだけなのに、そのために沢山理屈をこねる方なんだわ」
そう言って、私達はお互いを見つめた後、2人で結局笑い出してしまった。
「オレリア、愛している。俺と結婚してほしい」
「私も、ジルフリート様を愛しています。私と結婚してください」
そう言って私達は、お互いにしっかりと抱きしめあう。
そうして、お互いの顔が近づいてきたところで――。
「「――ちょっと、急に仲良くなりすぎじゃない!?」」
件の二人が乱入してきたのだった。