婚約解消しないと出られない部屋
3 閉じ込められた私達

3−1 犯人達からの説明という名の後押し




 前言撤回、あれは悪魔の微笑みだった。



 今、私とジルフリート様は、二人きりで、ジルフリート様の家の別荘の一部屋に閉じ込められていた。まだ! 婚前だというのに! 異性と二人きり!

 満面の笑みで扉を閉めたのは、妹のアリアーヌと、ジルフリート様の弟のセドリック様だ。

「どうしたら……」

 私は、諦めて、周囲を見渡した。

 私達二人が寝ている間に連れてこられたこの部屋は、どうやら地下の倉庫のようだ。
 普段からほとんど使っていないのだろう、オープンラックがいくつかあるけれども、がらんどうとしていて物は入っていない。
 剥き出しの柱が、いい具合に、私たちの拘束に役立っていた。
 でも何故か、そんな倉庫に不自然なものが、一つだけおいてあった。

 寝台だった。


 ………………。


 ………………どう言う意図だ!!!




 私はベッドを視界に入れないようにして、ジルフリート様のところまで、可能な限り近づいてみる。


 先ほども言ったように、ジルフリート様は椅子に座らせされて、柱にぐるぐる巻きにされた上、手錠をはめられている。
 私はジルフリート様の手錠の鍵を持っているものの、ジルフリート様とは違う柱に、足枷から伸びる鎖で繋がれている。
 近づいたけれども、あと一歩の距離でジルフリート様まで届かなかった。
 鎖で拘束された状態のまま、ジルフリート様の手錠を外すのは難しそうだ。


「一体あいつらは何をさせたいんだ!!」

 ジルフリート様が、我慢ならないといった顔で叫んだ。怒った顔も最高に美しかった。

「ジルフリート様も何も聞いていないんですの?」
「ああ。……君もそうなのか」
「あ、当たり前でしょう? 知ってたらこんなところにいません!」

 美しすぎるジルフリート様が眩しくて、つい、いつものごとく、憎まれ口を叩いてしまう。
 それでも、不安な気持ちまでは抑えきれなくて、弱りきった顔で縋るようにジルフリート様を見ると、いつものごとく素早く目を逸らされた。
 私は、これまたいつものごとく、涙目になって俯いてしまう。
 そう。私は、ジルフリート様に嫌われているのだ。目線を合わせたらこうなることは分かっているのに……私ときたら、本当に学習能力がないのだ……。

『はーいそこまでそこまで』

 壁に、急に映像が映し出された。
 そこに写っているのは、アリアーヌとセドリック様。

『えー、えー、マイクのテスト中、マイクのテスト中』
『さっき散々やったでしょ、何やってんの』
『うるさいな、こんな貴重な魔道具使うなんて初めてなんだから、楽しんだっていいだろ』
『はーい、姉様、ジルフリート様! この映像を見ている頃、お二人は私たちの両親の用意した愉快な部屋に二人きりだと思います!』

 用意したの、両家の両親なの!? お父さん達何やってるの!?

『この国の最高峰の魔法大学の院生をやってた両親達の、卒業後最大の研究成果です! この映像装置もすごいでしょ?』
『兄さん、これは録画だからね。僕たちは決して、決して覗き見などしていません。ええ決して』

 いや絶対見てる! 絶対見てるよね!?

『どうせまた、この映像が流れるまで、二人で罵りあってたんでしょう?』
『本当によくやるよ、なんなんだよ飽きもせずに、もう疲れたんだよ!!』
『ちょっとセドリック様、本音が漏れてるわよ。えー、二人のいる部屋は、一定の条件を満たさないと出ることはできません。二人で頑張って協力して、部屋を出てきてください!』
『一定条件が何か気になる? 気になるんでしょ? 気になるよね、兄さん!』

「腹立つ……絶対に聞きたくない……」

 ジルフリート様、そんなこと言ってる場合かな!?
 しかし腹を立てるジルフリート様も、魅惑的で美しい。好き……。

『お姉様、よく聞いてくださいね。この部屋を出る方法は、二つあります』
『一つ目は、その鎖を解除する方法でーす』
『あっ、馬鹿セドリックそれ使うのは早いでしょ! もー、周りゴミだらけよ』

 ぱんぱかぱーん、と、効果音が後ろで流れた。
 さらに、セドリック様はクラッカーまで鳴らして花吹雪等を撒き散らして、アリアーヌに怒られている。

「……無性に苛々してきましたわ……もう聞かなくても……」
「オレリア落ち着け! そんなこと言ってる場合か!?」

 ジルフリート様、自分でも聞かなくていいって言ってたくせに、舌の根も乾かぬうちに!

『お互いの鎖は、お互いが素直に自分の気持ちを相手に伝えると、勝手に解けます』
『そうそう。お互いのスナオーな気持ちね。普段僕たちに言ってるやつね』

 素直な、気持ち……。

 ……………………。


 …………。



 無理。


 無理無理無理むり無理!!!!!


『あ、そうだ。兄さんの方だけ鎖が解けて、結婚前のオレリア様に素直な本能をぶつけたらいけないから、兄さんには特別仕様の手錠がはめられています』
『お姉様の持つ鍵で、お姉様が自分の意思で手錠を解除しないと、お姉様に触れるたびに手錠から電流が走ります』

 そこまでする!? そこまでしてこの部屋に閉じ込める必要ある!?
 というか、私の意思の有無にまで反応する魔法陣を構築するなんて、才能の無駄遣いにも程がある!!?

『ついでに、兄さんは腐っても魔法大学の魔法陣学科生なので、陣から解除方法を編み出さないように、陣全体が見えないよう、柱にぐるぐる巻きにしてあります』

「小賢しい……腹立つ……腹立つ……」

 ジルフリート様も本音が漏れています! でも怒ってるジルフリート様は、普段とは違った色気むんむんで大好きです!

『お姉様、もう一つ、この部屋から出る方法があります』
『うん。僕たちとしては、もうこっちの方法でも構わない』

 あれだけおちゃらけてた二人が、神妙な表情をする。

『お姉様が、【ジルフリート様と婚約解消したい】って言ったら』
『兄さんが、【オレリア様と婚約解消したい】って言ったら』
『『今すぐ部屋から出られます』』

 ………………。
 そんな……。

「……この婚約には……両家の政略的な……」

 ジルフリート様の呟きを、映像の中のセドリック様がかき消す。

『あ、そうだ。兄さんは、この婚約には両家の政略的な意図があって、自分達の一存で解消ナンカーとかなんとか言うかもしれないけど、問題ないからね。二人の一存で決めて大丈夫!』
『院生時代から仲良しの両家は、既に十分繋がってるから! お母様達は、なんなら、孫同志が気が合えばそこで姻戚関係になればいいんじゃないかなって言ってるし』
『そんな訳で、兄さん頑張りなよー』
『あ、ちなみに、お二人が1時間経って出てこれないようなら、自動的に婚約解消です』
『これは最後のチャンスだから。じゃあね〜兄さん、オレリア様!』
『お姉様、ジルフリート様。健闘を祈ります!』


 ――ぷちん。


 映像が途絶えた。


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