婚約解消しないと出られない部屋


 その部屋は、ありとあらゆる角度の私の肖像画が、所狭しと壁に飾ってある部屋だった。


 小さいものから大きいものまで、多彩な指図のそれが、壁にひしめき合っている。中でも一押しは、ベッドの真上の天井に貼り付けてある特大サイズの肖像画なのだろう。絵の中では、満面の笑みで私が手を差し出していて……あのあのあのあの、この肖像画達は、いつ誰が誰のために描いてこんなことになっているの!?

「違う! 違うぞ、オレリア。ここは私の部屋じゃないからな!?」
「え、えっと……」
「違うからな!?」

 真っ赤になって涙目で震えている私に、ジルフリート様が必死に否定の言葉を発する。
 しかし、無情にも映像の中からは、ジルフリート様の声が聞こえてきた。

【じゃあ兄さん、あの件よろしくね】
【分かった、あいつに言っておけばいいんだろう】
【うん。……ところでさ、兄さん。この部屋、相変わらず凄いよね】
【そうだろう。至る所に女神がいる最高の部屋だ。彼女のハニーブロンドの髪の色合いを一番よく再現しているのがこの絵で、サイズが小さいのが難だな。瞳の透明感の再現はこの絵だ。そして俺の天使の美しさ可愛らしさいじらしさを最大限に引き出しているのはこの絵なんだが、素晴らしいだろう。この笑顔を再現するために、いつ一体どういう角度でどういう場面で彼女のこんな笑顔を見たのか、画家を3時間ほど問い詰めてしまったんだ。彼女の家にペットのウサギがやってきた日の笑顔だというけれども、どうだかな……。女神に男を近づけるのは危険だと思って、この絵を境に女性画家に依頼するようにしたのだが、これもまた趣のある絵だろう? 女性特有の線の細いタッチが、女神のなよやかさを最大限に……】

「うおおおおおおやめろおおおおおおお」

 横から聞こえる雄叫びを背景に、私は呆然と映像を見つめる。

 一体、これはなんなの。
 私は夢を見ているの……。

【兄さん兄さん、ストップ。もう、いつものこととはいえ長いよ】
【何を言う。彼女のことはいくら語っても語り尽くせないだろう。あの麗しい笑顔、その可憐な……】
【だからやめてってば。……あのさぁ、それ僕に語っても意味ないでしょ。オレリア様に直接言わないの?】
【そんなことできる訳ないだろう! 彼女は天使なんだ、ありとあらゆる人から散々讃辞を言われてきていて、俺なんかの言葉を貰ってもその愛らしい耳には届かないさ】
【変な屁理屈をこねないでよ。大体、これだけ肖像画を飾って毎日眺めているのに、本物のオレリア様に会う度にすぐさま目を逸らすのはなんなんだよ】
【女神と目を合わせたらこちらが溶けてしまうじゃないか】
【本当に不思議そうな顔で言うのやめて!】

 顔を覆ったセドリックに対し、早口で如何に私が素晴らしい存在かを捲し立てるジルフリート様の声がフェードアウトした。
 映像が、現在のアリアーヌとセドリックを映したものに戻る。

『えー、オレリアさん。分かっていると思いますが、先ほどの場所は我がジェファーズ伯爵邸の一室、兄さんの部屋でした!』
「あ、の……」
『もうねー、うちの家族は毎日のように、いい加減本人にそれを言えとせっついてきたのですが、全く動くそぶりがなかったんですよね。こんな変態を好きになってくれるのは、きっとオレリア様しかいない! よろしくお願いします、今もウィンクとか飛ばしたら死ぬほど兄さんは喜びますよ!』

 震える私に、セドリックがドヤっと最高の笑顔を向けてくる。
 ウ、ウィンク……?
 ふと、後ろを振り返ると、ジルフリート様が真っ赤な顔で震えながら俯いていた。

「…………」
「殺してくれ。今すぐ。頼む。一思いに……」

 小声でなんだか危ないことを囁いているわ!? 可哀想!



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