好きだけど逃げ出したから……
クリスマスが過ぎ、大晦日になった。

温泉旅館は、クリスマスより、年末年始の方が混雑する。

朝から仕込みに追われていると、3時過ぎ、仲居のけいちゃんが厨房にやってきた。

「瑠美ちゃん、女将さんが呼んでる。ロビーに来てくださいって」

なんだろう?

料理人がロビーに呼ばれることなんて滅多にない。

私が首を傾げていると、親方が雷を落とす。

「山下! ぼーっとしてないで、呼ばれたらさっさと行く!」

「はいっ!」

我に返った私は、慌てて帽子と前掛けを外すと、ロビーに向かった。


ロビーに着くと、女将は、受付カウンターの中から、背の高い男性客を接客していた。

「あ、参りました。瑠美ちゃん、こちらへ」

私に気づいた女将さんが、男性と私に話し掛ける。

その声に反応して、男性がこちらに振り返った。

倫也(ともや)……、なんで……」

私がどんなに会いたいと願っても会えなかった倫也。

彼の姿に驚いた私は、思わず、足を止めた。


倫也は、駆け出したいのを我慢するように、急ぎ足でこちらに歩いてくる。

「瑠美、会いたかった」

人目も(はばか)らずハグしようと手を伸ばす彼に反応して、私は後ずさった。

「瑠美……」

空を切った腕を下ろした彼は、傷ついたように私を見つめる。

「お客さま、ここは私の職場ですから」

私はあえて倫也をお客さま呼ばわりする。

倫也に冷静さを取り戻させるために。

すると、倫也の後ろから、カウンターを迂回した女将が歩いて来た。

「お客さま、お部屋にご案内致します。積もるお話もございますでしょうから、どうぞこちらで」

「あ、はい」

我に返ったように返事をする倫也。

私たちは、女将に案内されて、客室へと向かう。

「こちらのお部屋でございます。後ほど、お茶を入れに参りますので、ごゆるりとお(くつろ)ぎくださいませ」

女将は深々と一礼すると、私たちを残して下がっていった。

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