好きだけど逃げ出したから……
◇ ◇ ◇

1年前、昨年の10月、私は2歳年下の倫也と結婚した。

私は倫也を愛していたし、倫也も私を愛してくれていた。

だから、どんな困難も2人で乗り越えられるって思ってたのに……


当時、私は、料亭で働くまだまだ駆け出しの料理人だった。

女性だからできないと言われるのが嫌で、男性の中で、精一杯働いていた。

けれど、倫也は普通のサラリーマン。

平日休みの私と土日休みの倫也。

昼過ぎから夜中まで仕事の私と、朝から満員電車で通勤する倫也。

それでも、私は倫也のために頑張った。

倫也の出勤前に起きて、朝食を作り、家事が何もできない倫也のために、全部私がやった。

料理人は肉体労働だ。

でも、私は体力にだけは自信があった。

睡眠時間を削って、家事と仕事をこなした結果、(むしば)まれたのは健康ではなく、精神だった。

そうして半年前のゴールデンウィーク、毎日休みの倫也と、いつも以上に忙しい私。

完璧を求めすぎる私は、精神的に追い込まれて、逃げ出した。

私の分だけ書いた離婚届。

一身上の都合とだけ書いた退職願。

その二つの封筒をダイニングテーブルに残し、私は家を出た。

実家に帰れば、すぐに倫也が迎えに来ることは分かっている。

私は、親にも内緒で、昔、良くしてもらったこの旅館へやってきた。

女将さんに事情は言えないけど、帰れないから置いてほしいとお願いしたら、二つ返事でOKしてくれた。


なのに、まさか倫也がここに来るなんて……

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