好きだけど逃げ出したから……
「瑠美、分からないんだ。俺、何か嫌われるようなことをした? 悪いところがあるなら、直すから言ってくれないか?」

2人きりになった部屋で、倫也が切り出した。

ううん、倫也は悪くない。

私は無言で首を横に振った。

「みんなが諦めろって言うけど、俺はどうしても諦めきれなくて、この数ヶ月、ずっと瑠美を探し続けてた。そうやって瑠美のことをずっと考えてて、この間思い出したんだ。昔、ここの温泉旅館に住み込みでバイトしてたことがあるって言ってたこと」

確かにバイトのことは言ったかもしれない。

でも、温泉の名前は言っても、旅館の名前までは言ってない気がする。

「この辺りの旅館全てに電話して、ようやくここで働いてることが分かったから、迎えに来た」

えっ、この辺りの温泉旅館って何十軒もあるのよ!?

それ、全部電話したの!?

驚いた私は、倫也を見つめることしかできない。

「離婚届はまだ出してない。退職願も出してない。俺が頼み込んで休職扱いにしてもらってる。だから、瑠美、一緒に帰ろ」

そう言われても、帰ればまた同じことを繰り返すに決まっている。

私は、無言で首を横に振った。

「なんで!? 俺の何がダメなのか、はっきり言ってくれよ」

納得できない顔をした倫也は、私の両肩を掴んだ。

「倫也は悪くないの。私が……、私が、弱いから……」

そう、私さえ、器用に仕事と主婦業を両立できていれば……

「瑠美に悪いところなんてどこにもないよ。瑠美が悪いって言うなら、瑠美のどこが悪いのか言ってみろよ」

倫也はなおも食い下がる。

私は、ポツポツと自分が自分を追い込んで、壊れていった話をする。

すると、なぜか倫也は涙目になり、私の手を握った。

「ごめん。俺のせいだ。俺がちゃんと瑠美を見てなかったから。俺が瑠美に甘えてたから……」

私は思い切り(かぶり)を振った。

「違う! 私がっ!」

倫也は悪くない。

「俺、瑠美がいなくなって初めて分かったんだ。瑠美が簡単そうにこなしてた家事がどんなに大変かって。一人で洗濯して、掃除して、飯作って、片付けて……。俺には瑠美のように簡単には出来なくて、飯はコンビニ弁当だし、洗濯物も2週間溜め込むから、干しきれなくて結局コインランドリーで乾燥機かけたし、部屋は月に1回しか掃除してない」

その惨状がまざまざと思い浮かび、気の毒に思えてくる。


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