春になっても溶けないで
「どこへ…行くの?」

そう言った私の声はひどく震えていた。
中本さんは、とても強い力で手を握ってくる。そのせいで手を振りほどけない。

目を上げると、中本さんの髪がとても綺麗に揺れていた。中本さんは、とても容姿が整っている。それに明るいから、クラスの人気者だ。みんなから好かれている。

私だって、初めはとても素敵な子だと思った。そう、''初め''は。
初めから、中本さんはこんな感じじゃ無かったのだ。とても優しかった。
かといって私以外の誰かをイジメていた訳じゃない。なんなら、中本さんはイジメを止めたりする側だった。でも、変わってしまった。

今でも、よく覚えている。このイジメの始まり。''あの日''のことを。



***

いつも通り、学校に来て、靴を履き替えた。
いつも通り、教室のドアを開けた。
いつも通り、中本さんが明るく話しかけてくれる…と、思っていたのに。

なんだか、クラスの空気がいつもと違っていた。いつも賑やかで明るいのに、今日は静かでひどく冷たい。中本さんは、何故か私のことを睨んでいる。昨日まで仲良くしていたはずの友達も、異質なものを見るかのような目で私のことを見ていた。

ーーなんだろう?

そう疑問に思いながらも、私は机へ向かった。


するとそこには…

「死ね」と、太いマーカーで濃く書かれていた。
消えないほど、強く、濃く。

ーーえ?

私が青ざめていると、中本さんはこちらに来てこう言った。


「ここにあんたの居場所なんてない。」と。

***


あの日のことを思い出すと、未だに吐き気がする。
苦しい。なんでなんだろう。なんで私がイジメられないといけないの?私じゃなくても良かったじゃないか。
私じゃない誰かが、代わりにイジメられたらいいのに。イジメの辛さを、私はよく知っているはずだ。なのにそんなことを考えてしまう自分にも、吐き気がしてくる。


でも、この苦しみから解放されるなら、どうなったっていいと、そう思ってしまう。

今すぐにここから逃げ出したい。
中本さんの視界に入らない、ずっとずっと、遠くへ。

「は?公園に決まってんでしょ。」

中本さんが、いつものキツイ口調に戻って言った。
どこに行くの?と言う質問に答えてくれたのだろう。

公園。そこは、中本さんが私をよくイジメていた場所だ。
学校から近く、それだというのに外からは木で様子が見えない。
そのせいか人は少なく、イジメるのに最適な場所だ。

体が強張るのが分かった。何をされるんだろう。
本当に殺されるんじゃないだろうか。

泣きそうだった。


その時、中本さんのとは違う、強くて大きい手が私の手を掴んだ。


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