春になっても溶けないで
大きな手は、私と中本さんを引き離した。
そして、その大きな手はーー悠の手だった。

「俺、凛と一緒に学校行くって決めてるんだけど。」

悠は、中本さんにそう告げた。きっぱりとした口調だった。

それを聞いた中本さんの顔は、驚いたような、怒ったような、そんな変な表情になっていく。
そして、こう言った。

「別にいいけど。桃瀬、じゃあ、学校でね。」

中本さんは手をひらひらと振って私たちから離れていった。
口こそ笑っているけれど、目は全く笑っていない。睨んでいるようにも見える。


私は、中本さんが離れてくれた安堵感と、学校で何をされるんだろうという恐怖で足にうまく力が入らず、地面にへなへなと座り込んでしまった。
息が上がっている。苦しくて、涙が出そうだ。

「大丈夫?」

すると、悠が屈んで私の顔を覗き込んできた。

悠は、とても優しい表情をしていた。けれど、目の動きから焦っているのが伝わってくる。

悠が居ると思うと、一気に緊張がほぐれていく。
悠は、私の味方なのだ。

そう思うと、飲み込もうとしていた涙がポロリと落ちた。

教室には、私の居場所なんてない。味方もいない。

でも、ここには、私の居場所がある。味方がいる。

悠の隣は、私の居場所だ。

「怖かったね。大丈夫だよ。今日は保健室で過ごそう?そうすれば、中本さんも、来ないよ。」


悠が、私の頭を撫でながらそう言った。
優しい言葉に、さらに涙が溢れてきた。

悠は、こういう時、優しい言葉をかけてくれる。
今、私が一番言って欲しい言葉を。


地面から視線を上げると、悠と目があった。
悠の瞳は、少し茶色っぽい。すごく綺麗だ。

悠は、優しげに微笑んでくれた。

私も、微笑み返す。
白くて柔らかい雪に触れた時みたいな、そんな感覚がした。


「保健室なら、行けるかも…」

小さく、そう呟いた。泣いたせいで声は掠れていた。


「行こっか。俺もついていくよ。」

悠は私の手を握って、立たせてくれた。
私は悠の手を掴み返して、歩き始める。

悠が、私の歩調に合わせてくれているのが分かった。
それすらとても嬉しくて、私は思わず微笑んでしまう。


とても澄んだ、冬の朝。昨日降った雪はまだ完全に溶けていなくて、道の端に少し残っている。

悠が居ると、体の中がポカポカする。寒さだって、どこかへ行ってしまいそうだ。


悠が、目を細めるのが分かった。
顔は前を向いているものの、視線は完全に悠を追いかけてしまっている。

「もう、飛び降りようとしたり、しないでね。」

悠が、小さな声で言った。
手を握る力が、少し強まるのが分かった。

「うん。悠が居るなら、大丈夫。」

返事をする。口に出してから、『悠が居るなら』なんて、少しキザだったかもと恥ずかしくなった。
でも悠はそんなの全く気にしていないらしく、『そっかぁ〜』ととても嬉しそうだ。
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